家族の樹(ミッドウエー海戦終章) 澤池 久枝


文春文庫

ミッドウエイで戦った人々の軌跡を米国、日本両サイドから丹念に追求している。
「生還」
ミッドウエー海戦で日本は「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」の4隻を失って大敗した。「飛龍」の機関科の三十八名と整備科の一名が一隻のカッターに漂流をはじめた。十日目あたりから、意識が朦朧と仕出し、苦痛を感じる感覚が鈍くなった。十二日目にはじめての死者が出た。十五日目にやっと米国軍艦「バラード」に救われた。俘虜として米国につれて行かれた。苦しい抑留生活「助かった喜びより、死んだ方がよかった」と思いつづけた人もいるという。そして敗戦、昭和21年1月復員。
家には帰らず、祖国復興のためにと炭坑で働くことにした人、妻が再婚していた人、などさまざまだ。しかし死んだ人間は死に損、犬死になどという無神経な言葉に、俘虜になったことに対する非難は聞かれなかったとは言え、住みやすい世の中ではなかった。脱出、漂流、俘虜生活などがたたって早死にした人も多かったようだ。
「家族の樹」
著者はミッドウエイで亡くなった米国兵の家族を探して、リッチモンドにサルザルロ一家を訪ねた。一家の物語を聞き出し、丁寧にまとめている。墓や、彼らのルーツであるイタリアの田舎にまででかけて取材している。
レイモンド・サルザルロはミッドウエーで戦死した。彼はイタリア移民ルイ・サルザルロの息子である。レイモンドが亡くなった時、すでに妻のマリアンは身ごもっていた。レイモンド・ジュニアは父の成し遂げられなかった夢、空軍入りを果たしたが、ベトナム戦争で散った。しかしその子スチーブもまた大して勉強が好きではなく、高校卒業で選べる仕事の巾は狭かったから、結局軍隊を志願した。彼はクウエート戦争に従軍し、1992年に満期除隊となった。

サルザロー一家は男の子は兵隊になる軍人一家である。生活が苦しいから、とはいえ、皆、望んで軍にはいったはずである。するとそこに一つの強烈な考え方、たとえば「祖国を愛するが故に」などの思いがあったのではないか。彼らは決してベトナム戦争反対などとは言わなかったはずだ。その辺の思いが、今、一つ書かれていないように思ったがどうだろう。
この書の感想を一言で言うと、記録としてはそれなりのものだが、作者が何を言わんとしているのか良く分からなかった。前に出た「滄海よ眠れ」「記録ミッドウエー海戦」を読んでいないからだろうか。特にその思いが強いのは後半の「家族の樹」部分で、家族の記録は分かるが、「アメリカの軍人一家に対する同情」と「ベトナム戦争は悪だった」思想をごっちゃにされると、読者としては戸惑うし、取材された米国家族の思いともずれるのではないだろうか。
010423