社会思想社 長谷川 松治 訳
日本人はアメリカがこれまでに国をあげて戦った敵の中でもっとも気心に知れない人間であった。日本の敗色が濃厚になった1944年6月著者は、日本人がどんな国民であるかということを解明するために、日本研究の仕事を委嘱された。著者は1887年ニューヨークで生まれ、コロンビア大学でフランツ・ポアズ教授に師事し、アメリカ人類学の第一人者となった人物。研究の成果がこの作品で、1946年に発刊され、日本に来たことのない著者が良くここまで書けた、と評判をとった。
経済的行動、家族組織、宗教的儀式、政治目的等は、民族固有の仮定からなりたち、互いに歯車のように噛み合わさっている。その仮定は、はなはだ人間的な日常茶飯事の中で学習される。我々は我々とは思考体系のちがう日本人を研究するために、日常茶飯事を分析し、行動の前提となっている仮定を知ろうとした。
「各々其ノ所ヲ得」=日本が階層社会であることを指摘し、各人がその階層に応じた行動をとることを期待されている、と説く。
「明治維新」=明治維新が商人・金権階級と武士階級の同盟が起こしたものと断じ、新政府は、封建時代の日本の階層制度が天皇を中心とするものに再編し、温存した。
「過去と世間に負債を負う者」「万分の一の恩返し」=「恩」という概念が日本人の行動の規範となっている。恩は一種の負債であり、それを返すべく行動すべきである、と考えている。恩の最高の者は皇恩である。
「義理ほどつらいものはない」=日本人は主君、及び同僚に対する義理、家族との義理などを、どうしても守らねばならぬものと考え、非常に大切にする。かっては、将軍に対する「忠」にもまさるものとされていた。
「汚名をすすぐ」=復讐よりも、最近では失敗の汚名をいかにそそぐかに重点が置かれている。
「人情の世界」=極端な義務の返済と、徹底した自己放棄とを要求する道徳律は、当然首尾一貫して個人的欲望を否定するように考えられるが、一方で五官の快楽を許容していることに著者は首を傾げる。江戸時代、武家文化に対抗するものとして商人文化が栄えたがその影響だ、と解説は論じている。
「徳のジレンマ」=日本人の人生観は彼らの忠・孝・義理・仁・人情等に示されている。各々の世界がそれぞれ特有の細かく規定された掟を持っている。それらがぶつかるときに日本人は悩む。四十七士は義理と忠の両立に悩んだ末、切腹という解決策をとった。
「修養」=日本人の自己訓練は他の国からきた観察者には無意味に見えるが、しかし自己訓練の哲学は日本文化の中に生きている。禅の考え方等について述べる。
「子供は学ぶ」=日本の子供の教育の仕方について、その独特な所を延べる。
今から考えるといろいろ事実と反するように感じられる所がある。しかし、日本の特質を、固定観念をもたずに、科学的にみて論じているところは、はっとさせる所が多く現在読んでも非常に参考になる、と感じた。
・万邦ヲシテ各其ノ所ヲ得シメンコトハ帝国不動ノ国是ナリ(54p)
・ 性別と世代の区別と長子相続権に立脚した階層制度が家庭生活の根幹になっている。(60p)
・ 日本で採用した官職は、支那では国家試験に及第した行政官に与えられるものであったが、日本では世襲貴族や封建領主に与えられた。(70p)
・ 徳川氏が(略)日本の鎖国を布告したのは、商人の立脚地を奪い取るためであった。それまで(略)盛んに海外貿易を営んでいたので、どうしても商人階級が発達して行く趨勢にあった。(73p)
・ 下は賤民から上は天皇に至るまで、まことに明確に規定された形で実現された封建時代の日本の階層制度が、近代日本の中にも深い痕跡を残している。(82p)
・ 衰えた幕府を転覆させた同盟は、商人・金権階級と武士階級の同盟であった(86p)
・ この武士・商人同盟が、明治政府の政策を作成し、その実行を計画した有能で自信に満ちた為政者を、急速に檜舞台に送り出したのである(91-2p)
・ 大日本帝国憲法によって人民が国政に参加する道が開かれ、帝国議会が設置された。(略)ところが起草者達は、「人民の干渉と世論の侵入を防止するために、あらゆる予防手段」を講じた(93p)
・ 市町村はかなり大きな責任を持っている。その責任は共同体に対する責任である(98p)
・ 国家神道は、アメリカで国旗を敬礼するのと同じように、国民的象徴に正当な敬意を表することを本旨とするものであるからして、これは「宗教ではない」というのがかれらの言い分であった。(101p)
・ 「恩」はいろいろな用法があるが、それらの用法の全部に通じる意味は、人ができるだけの力を出して背負う負担、債務、重荷である。(115p)
・ 日本人の見地からすれば、法律に従うことは、彼らの最高の義務、即ち「皇恩」を返済することでもある。(略)我々の国ではそれは自分のことは自分で処理すると言う態度に依存しており、日本では自分が恩恵を受けたと考える人に恩返しをするということに依存している。(152p)
・ 日本人に自尊心を与えるためには、どうしてもアメリカ流の平等主義を採用せしめなければならないと叫ぶ人もいるが、それは民族的自己中心主義の誤謬を犯すものである。(174p)
・ 機を見、変に応ずることに敏捷な現実主義は、日本人の名に対する「義理」の明るい面である。(202p)
・ 「まこと」は、日本人の道徳教典のいかなる条項をも高次のべき数に高める。それは言ってみれば、独立した徳ではなくて、狂信者の自らの教義に対する熱狂である。(252p)
・ 恥が主要な強制力となっているところにおいては、たとえ相手が懺悔聴聞僧であっても、過ちを告白しても一行気が楽にはならない。(略)恥の文化には、人間に対してはもとより、神に対しても告白するという習慣はない。(257p)
・ 日本は一大仏教国であるに関わらず、未だかって輪廻と涅槃の思想が、国民の仏教的信仰の一部分となったことはない。(274p)
・ 禅は茶の湯や能楽と同様に、全く日本的なものとなった。十二世紀および十三世紀の動乱時代に、経典の中にではなく、人間の心の直接体験の中に真理を見いだすこの瞑想的神秘的な教えが、僧院という避難所の中で、世の嵐を避けて出家した人々の間で流行することは想像しえたことであろうが、まさかそれが武士階級の愛好する生活原理として受け入れられようとは思われなかった。ところが事実そうなったのである。(Eliot279p)
・ 日本人の生活曲線は、赤ん坊と老人とに最大の自由と我が儘が許されている。(293p)
・ 自己責任と言うことは日本においては、自由なアメリカよりも、遙かに徹底して解釈されている。こういう日本的な意味において、刀は攻撃の象徴ではなくして、理想的な、立派に自己の行為の責任を取る人間の比喩となる(344p)
・ 日本人の目から見ると、この政策は、敗戦という冷厳な事実から屈辱の表象を取り除き、彼らに新しい国策の実施を促すものであった。(343p)