新潮文庫
昭和25年7月京都の国宝金閣寺が全焼した。放火で犯人は大谷大学中国語科1年の林承賢(21)で、睡眠薬を飲んで半ば昏睡状態で左大文字山頂付近で逮捕された。これに材を取り、犯人の告白体を使って書かれた作品。
舞鶴近くの寺の子として生まれた私は、体が弱く、生来どもりであったため、悪童達に馬鹿にされ引っ込み思案になった。長じて、住職が父の禅道における友であったために、子供の時から聞かされていた金閣寺に預けられた。やがて父が他界した。母とは子供の時に嫌な思い出があり、縁がなくなった。
私は金閣寺の美しさに魅せられた。太平洋戦争末期になったとき、京都が空襲に見舞われるかもしれぬ、と言う噂があった。私は真っ赤に燃える金閣寺を夢想したが実現しなかった。終戦後のある日、女と一緒にやってきた米兵が私を脅して倒れた女の腹を踏ませた。しばらくして女は寺に流産させられた、と訴え、住職はいくばくかの金を払った。そのころから私は自分の感情の暗黒に直面した。
大谷大学に入れてもらった私は、内翻足の柏木に近づいた。彼は私に「どもれ、どもれ!」とけしかけ、足のせいで自分ではセックスが出来ぬくせに私を童貞とあざ笑った。その上優雅、文化、人間の考える美的なもの、そういうすべての実相は不毛な無機的なもの(126p)と断じるなど、きわめてニヒルな考えを持っていた。しかし私はそんな考えに次第に影響されて行った。
住職は以前は私を寺の跡取りにするつもりだったらしい。しかしふとした時に私は芸妓と一緒にいる所を発見した。私は芸妓の写真を住職に送りつけるが住職は黙って返してきた。私は信頼する者を失い、学校をさぼるようになり、成績もひどいものになった。そんな私に住職は「お前に後を継がせる訳に行かぬかも知れぬ。」と言いだした。寺の仲間も私に冷たくなった。
私は柏木から金を借り、荷物をまとめて家を出た。宮津の丹後由良駅近くの旅館に逗留した。その時突然私にある想念が浮かんだ。「金閣を焼かなければならぬ。」やがて私は寺に連れ戻された。しかし一度湧いた想念は消すことが出来なかった。
概略は以上であるが、なかなかわかりにくい文章である。ただ、読み終えて作者はそのわかりにくさを計算しているな、と感じた。犯人の独白で書くわけだから、公平なものなどではなく、自らを正当化しながら書くはずだ、その書いたものから読者は犯人の実像を読みとれ、と言っているように見える。
すると嘱望されながら、世の中に対する疑問、ニヒルな不具の友人等に影響されてドロップアウト、見捨てられて絶望し、逃げ出したが連れ戻される、その結果自分を取り巻いている世界を壊してしまおう、と考えた青年の姿が見えてくるような気がした。
・ 屍はただ見られている。私はただみている。見ると言うこと、普段何の意識もなしにしているとおり、見ると言うことが、こんなに生ける者の権利の証明であり残酷さの表示でもありうるとは、私にとって鮮やかな経験だった。(35p)
・ なぜ露出した腸が凄惨なのだろう。何故人間の内側を見て、悄然として目を覆ったりなければならないのだろう。(62p)
・ 南泉斬猫(碧厳録など)(70p)
・ 終戦後三日目に学校に行ったおり、工場の指導者の士官が、トラック一杯の物資を自分の家へ持ち帰った…・・士官は、まさに悪へ向かって駆けだしたのだと私は思った。彼の半長靴が駆ける道の行く手には、戦争における死とそっくりの顔をした、朝焼けのような無秩序があった。(73p)
・ おれは自分の存在の条件について恥じていた。その条件と和解して、仲良く暮らすことは敗北だと思った。怨みようならいくらもある。(不具の男の言葉、101p)
・ 和尚が何より私に偉大に感じられたのは、ものを見、たとえば私を見るのに、和尚の目だけが見る特別のものに頼って異を樹(た)てようとはせず、他人が見るであろう通りに見ていることであった。(261p)
011202