物語となっているが、イランの歴史を風俗・文化なども含めてわかりやすく解説している。著者は、1955年生まれの若手歴史学者で静岡大学助教授。この書に従って、イランの歴史を自分なりにまとめてみる。
アケメネス朝ペルシャは、バビロンにとらわれていたユダヤ人を解放したキュロス2世(在位BC559-530)の時代に建設された。ペルセポリス遺跡で知られるダリウス1世の治世の時、もっとも栄えた。宗教はゾロアスター教であった。アケメネス朝は、アレクサンドロス大王(在位BC336-323)の遠征で滅ぼされた。大王死後、セレウコス朝シリア(BC305-64)やアルサケス朝パルテイア(BC247-後226)の支配する時代を経て、サーサーン朝(224-651)がイラン人の大帝国としてアケメネス朝を継いだ。イラン文化の再生が図られ、ゾロアスター教の復活を試み、ローマ帝国と対立・抗争をくりかえした。ローマ皇帝ヴァレリウスを捕虜にした事もある。シャープール2世(在位309-379)の時に、ゾロアスター教による祭政一致政治が完成したといわれる。ホスロー1世(在位531-579)の時に最盛期を迎え、ビザンツ帝国の影響を受けた。
この王朝に、ムハンマド(570頃-632)の出現が大きな影響を及ぼした。イスラム教は、一種の社会改革運動でもあった。王朝は、カデイーシャなど2度の戦いで、アラブに破れ、終焉を迎えた。その後イランをイスラム化したウマイヤ朝(661-750)は、イラン人の支援をうけたアッバース朝(750-1258)によって滅ぼされた。王朝は首都をバグダードに移し、ペルシャ語を始めて採用した。しかしこの権威も地方でイラン人の王朝が建設され、次第に失われてゆく。その後モンゴールの侵略によりイル・ハーン国(1258-1353)時代、テイムール朝(1370-1507)時代があった。この時期にイラン文化は爛熟期を迎えた。
1501年イスマーイル1世(在位1501-24)がイラン人の国家であるサファヴィー朝を起こした。シーア派12イマーム派の信仰を国教とすることを決めた。この王朝は、文化や技術の面ではムガール帝国やオスマン帝国の影響を大きく受けた。アッバース1世(在位1588-1629)の頃最盛期を迎える。エスファッハーンを首都と定める。「王のモスク」は今でも有名。しかし以降の王たちは政治に熱心でなく、地方の行政機関の腐敗や無能によって弱体化していった。アフガン人のスンニ派ギルザイ族によってカンダハールが奪われ、最後には1722年マフムードによって滅ぼされた。これを王朝残党の協力を得て、ナーデイルが打ち破ったが、1747年に殺害されると混乱の時代に入った。
トルコ系カージャール族アガール・モハンマドによって、カージャール朝(1779-1925)が創始された。この時代に対するイラン人一般の評価は低い。外国に対する譲歩や領土の割譲の繰り返しだった。19世紀中葉にはバーブ教徒の反乱で国内が乱れた。1872年イギリスのロイターが鉱山や関税についての広範な利権獲得、90年タルボットのたばこ利権獲得等が例となり、外国人による利権争奪が激しくなる。王朝がアフガーニーの民族運動、日露戦争における日本の勝利、立憲革命運動、ロシア革命、などで揺さぶられる中、石油利権がイギリスに与えられ、1909年にアングロ・ペルシアン石油会社が設立された。第一次大戦が始まると、王朝の権威はまったく失墜した。
コサック旅団長レザー・ハーンが革命を起こし、1925年にパフレヴィー王朝を設立する。
民族主義的傾向が強く、ロシアとイギリスによるイラン支配を排除し、銀行や財政制度をイランに取り戻した。また男女同権を進め、聖職者の影響力を排除しようとつとめた。しかし石油会社との利権調整では失敗した。そのためレザー・ハーンは、ドイツに接近しようとする兆候が見られ、イギリスとソ連により1941年に廃位させられた。モハンマド・レザー・パフレヴィー(在位1941-79)のもとで、石油国有化運動が高まった。中でもモサデックの人気が高く、1951年に石油国有化法成立、イギリスは不買で対抗し、イランは経済的に追い込まれた。そんな中で出光興産が石油を輸入し、喜ばれた。
国王は亡命し、1979年にホメイニ師による革命が成立し、イスラームを統治や社会の原理として採用した。しかしシャットル・アラブ川の領有問題などから、イラン・イラク戦争を起こしたものの、アメリカがイラクにテコ入れし、88年に実質的敗北のうちに終った。通貨「リヤル」は暴落し、「イランは発展途上国になった」との声が聞かれた。1990年政教一致をかかげるハメネイ師が第2代最高指導者、1997年にハータミーが大統領に選ばれるも、民主化を求める運動も一方で発生している。パレステイナに対する武器供与が発覚するなどして対米関係が悪化、ブッシュ大統領もイランを「悪の枢軸」と非難する。
最後にこの書にはないが、2005年にハメネイ師に近い、保守強硬派のアハマデイネジャド大統領が誕生、核開発を掲げ、一時はイスラエル抹殺まで口に登らせた。イスラエルのレバノン侵攻に対しても、シリアと共に、密にヒズボラを助けているという。イランはどこに行こうとするのか、日本としてエネルギーの確保ということもあって、アメリカと距離をおくことになるが、具体的にはどうするべきか、この本は述べきっていない。
060814