武蔵野夫人          大岡 昇平


新潮文庫

 「はけ」は多摩川の支流野川ぞいに広がる台地で、中央線国分寺と小金井の中間あたりにある。崖から流れ出た地下水が、せせらぎとなって野川に注ぎ、橿や椚などの樹木が多く、武蔵野の面影を残している。
 三十年前にここに住み着い故宮地老人の家では、娘の道子一人が成長し、フランス文学者の秋山と結婚した。また宮地老人の甥で石鹸工場を経営する大野英治も、コッケットリーな妻富子、9才になる一人娘雪子と共にすぐ隣に住んでいた。そこに宮地老人の24才のもう一人の甥、勉が、ビルマから復員してきた。彼は秋山家に住み着き、大野家の雪子の家庭教師をするようになった。
 最初富子が勉に感心を寄せた風であった。スタンダールに傾倒する秋山は、エンゲルスの思想を都合良く解釈し、一夫一婦制を否定するような発言をし、その富子の関心を買おうとした。しかし道子は、自然を愛する勉とはけの道を探索するうちに、次第に恋心を覚え、勉もまた道子をいとおしく思うようになった。
 キャスリン台風が武蔵野を襲ったとき、勉に受け入れられず不承不承秋山を選んだ富子は、河口湖畔で一夜を過ごす。同じころ狭山湖畔を散策していた勉と道子は、安っぽい旅館に閉じこめられてしまった。関係はなかったものの、秋山の嫉妬する所となり、勉は、家をでて目黒に下宿するようになる。大野の事業が大企業の進出のために不振に陥った。道子は遺産の半分を担保に差し出してやるが、それもだまし取られてしまった。大野は、めっきり元気を失った。
 秋山が、突然離婚を申し出た。彼は家を飛び出し、富子と落ち合うが、あてにしていた遺産が道子の承諾なしには自由に使えぬ事が分かった。そういう秋山を見て、富子はさっさと自立を考える。一方道子は、秋山の一方的な申し出に愕然とする。元来が貞淑で古風な彼女は、自分が死んで、財産を勉と大野のために残すより仕方ない、と考え始める。

 作者は、この作品を通してスタンダールやレイモン・ラデイゲの心理小説の手法を日本風土の中で試みたという。その結果登場人物の錯綜した心理模様の描写が素晴らしく、それはまた作者の作品に取り組む苦悩を現しているようにも見える。作品は、道子の死と崩壊した二つの家族をおきざりにしたまま終わっており、読者に今後を考えさせる結末になっている。他の一面からは、文学作品と通俗小説はこんなに違うと見せつけているような作品、とも言える。

・一夫一婦制の当然の帰結である畜妾と姦通は小説にあるよりは少ないが、世間が考えているよりは多い。(23p)
・女は本能的に恋をその他の感情と区別することを知っているが、男にはあらゆる愛情に任意の恋の色をつけることが出来る。その気で見れば、どんな愛情でもいくらかは恋に似ているものである。(81p)
・共産主義が一番彼の興味を引いた。しかし余剰価値説から唯物史観に到る通俗解説書を通読するうちに、彼は嘘を嗅ぎつけた。戦場の混乱を知っている彼には、革命がこう整然と進行したとは思われない。社会運動史は戦争中の戦記に負けぬくらいの嘘と便宜で固められていた。(143p)
・感情に駆られた彼は自分と富子と結婚した後の日常の生活の困難を少しも考えなかったように、二つの夫婦の別れる困難に想到しなかった。すべて人形を並べ替えるように簡単に行くと考えていた。(186p)
・復員者である彼は社会のしきたりを破るくらい何とも思っていなかった。しかししきたりに縛られて彼を拒否する道子を、無理に道連れにすることができなかった。(211p)

(1953 44)

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