新潮社ハードカバー
話の先が見えず、謎につつまれおり、読者ははらはらどきどきする小説を推理小説と呼ぶならこの作品は見事な推理小説である。話がどこに進もうとしているのか、結末がどうなろうとしているのか皆目検討がつかず、それが終わりまで続いている。
30歳の僕岡田トオルは、現在法律関係の仕事を探しているが失職中である。妻のクミコは主に健康食品や自然食料理を専門とする雑誌の編集の仕事をしている。
僕の猫がいなくなった。猫の名前はワタヤノボル。僕の嫌う女房の兄である。探しているうちに路地裏に住人に不幸がついて回ると言う小さな空き屋敷をみつけた。そこに古い井戸があった。向かいの家にいた笠原メイと知り合う。
僕が今のクミコと結婚できたのは綿谷家が一目置いている本田老人のおかげだった。彼はノモンハン戦争で聴覚を失った。その本田さんが亡くなった後、ノモンハンで一緒だった間宮中尉としりあいいろいろ話を聞いた。ハルハ川を渡って偵察に行き、モンゴル軍につかまり、中心人物が皮はぎの末、殺された。自分は深い井戸の中に落とされたが運良く本田さんに助けられた、という。
僕は井戸におりた。そこから見る世界は日常の世界とまったく違って見えた。
加納マルタなる見知らぬ女性から電話がありあった。彼女は何か予言能力を備えているらしく、猫は当分帰ってこないだろう、と言った。彼女の妹で綿谷ノボルに犯されたという加納クレタに合うようになり、関係を結んだ。クミコがいなくなった。綿谷ノボルは私に別れろ、という。加納クレタと私はクレタ島に行く計画を立てた。彼女は妻を忘れるためにはそれがいいと言う。
猫が戻ってきた。話はこの辺からクミコ探しに主眼が移ってゆく。僕のやることはあの井戸を手に入れなくてはならない、と考えた。間宮中尉からその後の本田氏にからむ話など伝えられるがクミコには関係ないようだ。
その金策をするうち、僕は新宿で裕福そうな女性に声をかけられた。ナツメグ。その息子がシナモン。シナモンの計算機を使って僕はクミコと話すことができたが、彼女は戻る気はないようだ。シナモンは引揚者で、日本で夫を何者かに惨殺され、その犯人を追っているのだった。やがて僕はあの井戸が彼女たちの根城につながっていることを知った。
あの屋敷の購入について綿谷が妨害をしてきた。影に何があるのだろうか。そしてその綿谷が殺された・・・・・なぜ、誰が・・・・。
なんとなく結論の見えぬまま話が進み、終ってゆく。面白いのだが、結局どういうことになるか、予測しがたい小説である。人生が別に途中で結論の出るものではない以上これでよいかも知れぬが、ミッシングリングはそのままで何か狐につままれた気がする。
・ 人が禿げることを恐がるのは、それが人生の終末みたいなものを思いおこさせるからじゃないかしら。(T208p)
・ 文学と言うものはそれを専門に勉強したり、研究したりするものじゃなくて、ごく普通の人生から自然にわき出てくるものじゃないんだろうかってさ。(T224p)
・ 人生と言うものは、その渦中にある人々が考えているよりはずっと限定されたものなのです。人生と言う行為の中に光が差し込んでくるのは、限られたほんの短い期間のことなのです。(U68p)
・ 本当の世界はもっと暗くて、深いところにあるし、その大半がクラゲみたいな者で占められているのよ。(U103p)
・ ねじまき鳥はその辺の木の枝に止まってちょっとづつ世界のねじを巻くんだ。ぎりぎりと音を立ててねじを巻くんだよ。(U261p)
・ 一つの場所がよさそうに思えたら、その場所の前に立って、一日に三時間だか四時間だか、何日も、何日も、何日も、何日も、そのとおりを歩いていく人の顔をただただじっと眺めているんだ(U308p)
・ 蓋を閉めちゃったらまったくわからないんだものね。・・・・「茶碗蒸しの元」はみんなの知らない間に暗闇の中で一回マカロニ・グラタンに変身して、それからまたくるっと」茶碗蒸しに戻っているかもしれないじゃない。(V213p)
・ 我らがスターリンはレーニンの理屈の中から自分に理解できる部分だけを・・・・それはひどく少ない量だったが・・・・都合よく持ち出したそしてこの国ではな、理解できる範囲が狭い奴ほど大きな権力が握れるようになっているんだ。(V408p)