眠られぬ夜のために  ヒルテイ

岩波文庫  草間平作、大和邦太郎訳

巻末にある訳者による解説によると・・・・・。
彼は1833年、スイスの小さな町ヴェルデンベルグ生まれ、父は教養の高い医師で、主に摂生的療法を用いたといわれる。長じてドイツゲッチンゲン大学で法律学を学ぶ傍ら、カント哲学に影響をうけた。卒業後キュール市で弁護士を営むが熱心に勉学、読書に務めた。高い道徳的精神を実践し、気の毒な人たちや公益団体のためには無報酬、または極めて安い報酬で働き、道徳的に不正な事件は一切引き受けなかった。68年に「民主政治の理論家と理想家」と題する論文を発表して注目され73年に首都ベルリン大学正教授として招かれた。ストア主義的あるいは人生観に基づいて、学者の模範として活躍した。1909年には国際法の大家として、ハーグ国際裁判所のスイス委員に任命された。
彼が世界的名声を得たのは主にその宗教的倫理的著作による。91年「幸福論」3巻、97年「読書と演説」、1901年「眠られぬ夜のために」2巻、「書簡集」などである。根底にはキリスト教の信仰に基づく理想主義的、道徳的、社会改良主義的色彩が濃く流れている。
著作全体が1年365日に振り分けられ、大体冒頭に至言を述べ、それについて解説するスタイルのエッセイが日にちごとに書かれている。
「不眠はつねに禍いであって、できるだけ取り除かねばならない。」としながら不眠が「内的な喜びから生じたとき、もしくは日ごろおこたりがちな自己反省の静かな、妨げられない時間を与えるために不眠が授けられた場合は例外である」とする。ここにいう内的な喜びとは、神すなわちイエスを信じることによって得られる穏やかな平和であるという。著者はこの内的なものの充実を重視し、19世紀末ダーウインの「種子の起源」に代表される唯物的な考えを否定し、それは医学の分野にすら当てはまる、としている。
「聖職にある人たちを評価する場合、偉大な宗教的力、すなわち慰めの力、効果ある祈り、病気の治療,罪の許し、予言の能力、一層正確に言えば現在と未来に対する正しい洞察力、いいかえれば心理のみ霊を宿しているかどうかということである。・・・その他のこと、神学的博識、教会への熱心、説教の才能、その他あらゆることも第二義的なものにすぎず、・・・・妨げとなることさえある。」
「神が実在すること、そして完全と慈愛が神の本質であるという事実で、われわれの地上生活には十分でなければならない。」
しかしながら、異教徒であり、しかも唯物主義が支配する現代にすむ我々がはっとするようなところを指摘している。著者の教養の深さと幅の広さのなせるわざだろうか。
「つねに真実を語るということは、真剣にそうしようと欲するときでさえ、決してなまやさしいことではない。・・・・ところが、人間は他人の嘘にはたやすく気づくものであって、ただその嘘が自分おもねるときか、あるいはちょうど都合の良いときだけ、それを信じるのである。」(2月14日)・・・・その通り、日記を書いていても感じる。同じ様な事が10月13日にも書かれている。
「人との交わりにおいて、最も有害なものは虚栄心である。・・・・単純な人ですら相手の虚栄心を認めない場合にのみ、喜んで心服する」(5月15日)
「悪人が救いの欲求に痛感するならば、そうした理由のために、しばしばありふれた前任よりも、かえって救いに近づくこともありうる。」(6月17日)・・・・何か「歎異抄」を思い起こさせる。
「他の人々が欲するままにまかせておいてよい事が、世には限りなく多い。」(7月16日)
「誠実は、とりわけ美しい大切な性質である」(10月16日)
「社交についても、他の多くのことと同じように、ただ、節度を守るということだけが正しい態度である。」(10月27日)
「仕事をするときは、いつでも、まず第一に、最も必要なことをしなさい。元気よく、その仕事の主要点から着手しなさい」(11月28日)
もちろん、キリスト教信者一流の神を信じなさい、そうすれば救われる式のものも多いが、そんな場合も注意して読むとちょっと考えさせられるところが多い。この本は何も最初から最後まで通読する必要はない。思いついたところを開いて考えればいい。その結果「眠られぬ夜」が意義あるものになるか、「眠れる夜」になるかはあなた次第・・・。

050305