にごりえ・たけくらべ      樋口 一葉


新潮文庫

「大つごもり」以降明治28年ころ発表された作品8つをおさめた一葉の短編集である。気のつく第一は非常に長く、しかも途中で主語までが替る江戸時代特有の日本語である。第二は情景描写がすばらしく一葉流のリアリズムが感じられる点である。これは漢詩など古い書物に詳しいこと、吉原の近くに住み、女性として一家を養い、貧乏を実際に体験していること、天才的な文才などによるものと思う。最後に実際の事件から取り上げた感じのプロットが多いが、結果が従来の作品のように解決されず、ハッピーエンドになっていない点だろう。
以下にプロットを一葉の文体を真似て書いてみることにする。

にごりえ
 菊之井が看板娘、お高に縁あったは、職人の源七なれど、酒浸りにて仕事せず、棟割長屋の奥深く、女房お初に内職させて、餓鬼と三人ひっそり暮らす身、そいとげられる訳はなし、そこに飛び込んだお客が、結城朝之助とて無職業、妻子なし、男ぶり良し、気前良し、お高がなびかぬわけはなし、されど、おのが物、むざむざ取られるとあいなれば、源七悔しさ百倍、涙千倍、お初にかまっておられる訳もなく、別れ話にかっとなったは至極の当然、盂蘭盆過ぎて、幾日、町を出したる棺ふたつ。
十三夜
 今宵旧暦十三夜、夫原田の、あまりの仕打ちに耐えかねて、婚家逃げだし、お関がたたく父母の家。母さん、娘にあまきもの、向こうに頼まれ、嫁御に行ったおまえだもの、戻っておいでと言うけれど、父さん、ここは思案のしどころぞ、いずらくもあろう、さりながらこれから先のあてもなし、太郎という子もあり、弟亥の助の今度の出世も、原田様あったらばこそ、ここはどうか堪忍して、死んだ気で添い遂げておくれ、泣く泣く頼まれ、屋敷に戻る道すがら、ふっと見やれば車ひく顔、幼なじみの、煙草屋の録さん、と覚えたり。思いで話に花咲かせ、録さんの遊んで遊んで、飲んで飲んで飲みぬいた寂しい身の上聞かされて、これで私も決心の、ほぞつきました、と別れるお互いの、心の奥に思う事さぞや多けれ。
たけくらべ
廻れば大門の見返り柳、おはぐろ溝にうつる燈火、頭の子にて十五の長吉、龍華寺の信如をの助けを、喧嘩はせぬを条件に引き入れ、いつもいじめられたる質屋田中屋の総領正太を、じっ魂の大黒屋の美登利と幻灯会を開こうとするおり、十人あまりで襲い、手順違って仲間でおどけものの三五郎をてひどく打ち据え、美登利にも草履をぶつける狼藉、正太は助けなかった事をわび、錦絵など見せて美登利にわびるも、美登利、雨の中で胴着を風呂敷きに持ち、鼻緒の切れて困る信如にも惹かれ、次第次第に成長して行く。
大つごもり
山村ほど下女の替る家はあるまじ、口うるさき御新造と放蕩三昧の御総領に末二人、つかえるお峯は、大した辛抱者、されど養い親の叔父御が長わずらい、商売の八百屋もいつとなく閉じて、裏屋住まい、内職の妻と、七歳の三次が売る蜆が暮らしのもとと聞けば、借りた金の利金が払えぬも道理、金二両を用意しましょうと安請け合い、お屋敷に戻り、引き出し開けたれば二十両、そっと二両を引き抜いて、使いの三次に与えたが、発覚せぬかと生きた心地もない。
御新造があらためれば、中に「引きだしの分も拝借いたし候」と御総領の書き付け、これはお峯が孝の余得か、はたまた御総領がお峯の守り本尊なるや。
ゆく雲
七つの年より実家の貧なるを救われて、山梨の造り酒屋の叔父叔母に引き取られ、桂次、東京で学問の下宿住まい、しかれども養父清左衛門、ふせがちとなれば、お嬢様と式などあげて、一日も早く家督相続あそばせと矢の催促、下宿もとにはおぬいとて、まま母そだちのかわい気なる娘あれど、行かねばならぬ、世の定め。いつしか年の過ぎ行きて、文よこすとのお約束も、はじめは月に三度、四度もありけるをが、年始の状と暑中見舞いの交際とはなりぬ。
うつせみ
植村さん、どこへ行くの、とがばと起き、堪忍してくだされ、私が悪うございました、と新居に移るもやせ細るお雪の言い条、食事も細りて、伏せる毎日、門なる柳に秋風のおと聞こゆる季節ともなりぬ。
われから
今宵もまたお留守のだんな様、去年、他所行着のお袂より縫とりべりのハンケチ見つけ、散々いじめて、いじめぬき、もう決して行かぬとお誓いなれど、あの約束はどこへやら、寂しさつのる奥様は、低級官吏の父捨てて、蓄電したる、母の血の筋か、勉学励む離れの書生の千葉が気にかかり、でかけて寒かろうとなぐさむる、半纏などもあつらえてやるの御親切、師走二十五日の大掃除の日に、仲働きの女の話、だんな様のお相手はお波と申し、子も十一になると聞き、ええい、くやしいと、いつかは千葉と浅からぬ関係となってしまった。
話はさっと広がりて、いつしかだんな様がお耳に入れば、やすからぬことに据え置けず、子もなき身なれば、あっさりと離縁申し渡されぬ。
わかれ道
お京さんいますかと、今日も吉三のかわい気なる声、お京は今年の春より引っ越して来しものなれど、物事に気才のきいて長屋中への交際もよく、小僧さんたち着るもののほころびも一手に引き受け針仕事、吉三はとみれば、角兵衛獅子踊っていたを大家のおかみ、傘やのお松に拾われて、いまではしがない油ひき、背低いからと一寸法師とあざけられる身、たがいになんとのう気があい、姉とも弟とも思う中、されどもそのままにてはすごされず、お京は去るお大尽のもとにお妾にでることとあい決まった。
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