日本は「神の国」ではないのですか     加地 伸行編著


小学館文庫

2000年5月15日、神道政治連盟国会議員懇談会に出席した当時の森首相が挨拶の中で「日本は天皇を中心とする神の国」と述べた。朝日、読売などのマスコミは首相の適格性を疑う、軽率などと痛烈に批判し、共産党、自由党、民主党などの野党もこれに同調した。首相が弁明に終始するものの、発言を撤回しなかったため、批判はエスカレートし首相退陣要求へと進展していった。
これに対して日本は古代から「天皇を中心とする神(々)の国」であったことは否定できない、と論陣をはった書である。著者が中心となり、大原康男、佐伯彰一、坂本多加羅、サルキコフ、田原総一郎、中西輝政、西修、西部遭、長谷川三千子、ペマ・ギャルポ、山口昌男の論を載せており、これ一冊で発言の意味、問題点がよく分かる。
今から考えると、不用意な発言であったが、それに飛びついたマスコミ各紙も野党もおかしかったのではないか、と思う。天皇を中心とする、は象徴天皇を頂いている以上、そのように言って何らおかしくない。神の国も八百万の神の国と解釈すれば良い。
ただこの議論は、今から振り返って見ると、日本人に天皇や神の位置づけを再考させた上で、そして左翼の平和憲法を守れ、と言いながら、象徴天皇は認めたくないという本心が露呈されたこともあわせて、非常に良かったのではないか。

・ 日本仏教の内容として、その割合は
一割   インド仏教(輪廻転生・仏への信仰)
二割   道教(現世利益の祈祷、まじない、不老長生)
七割   儒教(葬儀・墓・先祖供養・招魂再生)(19p)
・ 真宗・浄土真宗系教団は、一神教的に阿弥陀仏を唯一神化しようとして努力しているが、現実にはそれがうまく行かず、葬儀・墓・先祖供養と密着している…・日本人としての多神教意識(19p)
・ 神様であれ、仏様であれ、天照大神であれ、神武天皇であれ、親鸞証人であれ、日蓮さんであれ誰でも良い、宗教というのは自分の心に宿る文化なんですから、そのことをもっと大事にしようよということを、もっと何で教育現場で言わないのかな…・(29p)
・ 正月の神社参拝に始まり、お宮参りや地鎮祭や針供養のたぐいに至るまで、今でも日常生活の中に土俗的な神道は定着しているのだ(101p)
・ キリスト教は聖書からして、神話的世界以外の何者でもない(113p)
・ 「人も死ねば神になる」これは日本独自の宗教観といえるのではないか(123p)
・ 皇国史観の元となるべき思想…・「神皇正統記」(137p)
・ 民主主義が戦争スローガンだった。…・アメリカ独立戦争、フランス革命(140p)
・ 日本では、国民と君主の間に闘争が起きたことは、一度もないのである。…・・日本国憲法は元々あった天皇という概念を元に作られた憲法…・象徴天皇ということをみとめたうえで「天皇中心」という言葉にヒステリックに反応する人は自分自身で、象徴と何故憲法で定められているか考えて欲しい…・そもそも国家というものは正統的な暴力の独占体であり、それによって内外の危機から国民を保護するという機能がある(191p)
・ 天皇であれ、国王であれ、大統領であれ、一国の象徴になっていらっしゃる方に敬意を表するのは、どこの国でも当然だ(203p)
・ 「象徴」というのは、本来廃止されるべきものなのに奇妙な妥協でしばらく生かしておくだけのもの、と言う実は否定的な意味でしかない、と考える人がいまだに存在していると言うことである(210p)
・ グローバル化を目指している国は、どの国でもまず自分の国の本来のあり方に健全な目を向けながら国際化に対応していっている(218p)
・ 自分の権利は制限されて当然だという常識を失い、自由や権利を主張し続けるから「民の国」選挙などと言うばかげた現象まで起きてしまうのである(279p)
011211