山本書店
この本は1970年に初刊発行となっているからもう40年近くも前の本。そのころ一大ブームを巻き起こした。誰かに薦められて読み、それなりに感心した。イザヤ・ベンダサン著となっているが、本当は本の出版元社長山本七平氏が書いたものらしい。
やはり印象に残るのは日本人は安全と水はただと考えている、という指摘である。ユダヤ人は安全を考え、日本人は快適さや見栄で高級ホテルにとまる、ユダヤ人は自分の精神を「内なるゲットー」「外なるゲットー」に押し込めて生きなければならない、日本人は常に自由、さらに城壁や下水の必要性、などの例をあげる。平和な日本で考えられる災害は一過性の「地震・雷・火事・オヤジ」にすぎない。
「日本人が無宗教である」というのはうそで、日本教の信徒である、との指摘もうなづけた。日本教は人間を基準とする宗教で、「人の世を作ったのは人」であるとし、人間学であるがゆえ、神学はない宗教である。日本教には人間性と法の間に弁証法ともいうべきものがあり、非常にゆっくりだが「正―反―合」を繰り返している。日本教の具体的なものとして「日暮硯」の話が印象に残る。
1756年頃、信州真田藩は非常な財政困難に陥っていた。16歳の主君に建て直しを依頼された末席家老39歳の恩田木工は、まず妻や親戚も分かれて、決心のほどを見せる。諸役人には「今後は朝令暮改をせず、言ったことは必ず実行する。給料は今後きちんと払う。」とし、さらに庄屋、長町衆、町方等を集めて「すべて私に相談してくれ。私は祝儀、賄賂などは一切受け取らぬ。年貢督促は人手がかかるからしない。先納、先々納(年貢を翌年以上だす。)ご用金用立ては今後一切ナシにし、今までにしたものは全部チャラにしてほしい。また未納はそれぞれ事情があろうから、今までのものはチャラにする。しかし今後はきちんと払うべし。」などとするとみんなに受け入れられた、という。
この話を聞いてドイツ系ユダヤ人は「木工はいかなる律法に基づき、それをどう解釈してこの改革をおこなったか。」アメリカ人は「なぜこういう不公平が指示されるのか」と疑問をぶつけたという。そこには「人間」「人間味あふるる」と言った意味の「人間」を基準とする律法がある、と著者は主張する。ただしそれは言外の言、法外の法でかたられているため非常に理解が難しい、という。
そのとおりであろうが、読みかつ書いている私も100パーセントわかっているとは言えぬ。著者は日本教を理解するには「草枕」「氷川清話」などをなどを読むとよいとし、日本教の殉教者に江戸城開城にさいし、すべてを勝海舟が託した西郷隆盛をあげている。
この本は現代の日本を考える上でもなかなかに参考になる本だ、と思う。
靖国神社問題を私自身は「参拝することに、他国が干渉するなどスジが通らぬ。」と考えている。しかし「12しのびよる日本人への迫害」「13少々苦情を」などは考えさせられる。12のデイプロストーンの話。
アレクサンドル大王の治下、ユダヤ人はギリシャ人の一級下で、エジプト・アレキサンドリアのデイプロストーンに居住し、経済機構を運営していた。いつしか全エジプトの経済を握り、その威容は「デイプロストーンを見ずに、壮大なものを見たというな。」といわれるほどになった。しかしマケドニア植民帝国とそれを受け継いだプトレマイオス王朝の衰退と共にデイプロストーンは破壊され、掠奪され、全市にユダヤ人の血が流れた。
人口比、国土の大きさ、発展状況等をみると何十年か先に中国が日本を支配する事態が来るかも知れぬ・・・・・・。
同じ様に関東大震災直後の「動物的防衛本能」に基づく朝鮮人襲撃の話も興味深い。
最後に本は自分の理解力、経験、考え方等でいかようにも変わる。そういった意味で昔感動したものを読み返してみるのもなかなか興味ある、と考えた。
060531