王妃の離婚      佐藤 賢一


集英社ハードカバー

 パリ大学で学ぶ修道士フランソワは、恋人ベリンダに結婚を申し出る。「出来もしないくせに」と一蹴する彼女を連れて、修道院を脱走しようとしたが、捕らえられ、暴行を受け、彼女も男性機能も失ってしまった。
 それから20年後、田舎弁護士に身を落としたフランソワは、国王ルイ12世から起こされたジャンヌ王妃の離婚裁判を傍聴するためにアンボワーズに来ていた。原告の主張によれば、ジャンヌ王妃は「暴君」と呼ばれたルイ11世の娘で、醜女だった。しかし当時オルレアン公だったルイ懐柔策の一環として、彼女を無理矢理押し付けた。結婚して以来、夫婦の交わりを持っていない。離婚はキリスト教の教えに従って認められないが、交わりを持っていないなら夫婦でないのだから離婚して当然だろう、と言うのである。
 ところが女王は「離婚しない。ノンクレド!」と主張したのである。国王の言いなりになる検察側は最後にあのいやらしい処女検査をせよ、と請求する。この時に至ってフランソワは王妃に懇願されて弁護にまわる。「処女検査はいかにも承知した。しかし条件が二つほどある。まず公開の場で行うこと。第二は結婚して夫婦が交わらない場合、男性側に原因がある場合が多い。従ってまず国王の男根検査を実施してもらいたい。」さらに追い討ちをかけて「もし国王がインポテンツと証明された暁には、結婚できない証明を出して欲しい。」男根検査など受け入れられるわけがない。しかも国王は密かにブルゴーニュを取り入れるためにその王妃との再婚を目ろんでいたから、後の条件にも困った。結局処女検査の請求は取り下げられた。
 それでも検察側は交わりはなかった、と主張し、次々と証人をくりだした。しかし王妃はみな注目しなかったリニエール城で関係したことをつげ、医師コシエが派遣されたと証言する。フランソワはコシェを召喚することに同意したが、実は行方不明。見つけられなければ裁判で負けは明白!しかしかっての僚友で今はソルボンヌ大学副学長になっているジョルジュ・メスキスの協力の下に、ソルボンヌ大学の学生を動員し、ついに発見。二人が裸で交わるところを見た、と証言させ、国王側を窮地に追いつめる。
 そして国王の召喚。のらりくらりと言いぬける国王の証言に、王妃は嘘を許せないと息巻く。しかし追いつめて勝利をうることもできるが、二人は元の鞘に収まる事ができるのだろうか。本当の王妃の幸福を願うとすれば…フランソワは悩む。

 第2章の離婚裁判の場面がなんと言っても圧巻、得意の歴史的考察を背景に筆が走っており、迫力がある。「傭兵ピエール」などに比べると、、謎が次々に投げつけられるプロットになっており、読者を飽きさせず、一気に読ませる力を持っている。短い文章をつなげて、状況を説明するきびきびした書き方も良いと思う。ヨーロッパキリスト教社会の結婚、離婚等に関する考え方が聖書から発していることが良く分かる。以下に引用されている部分を掲げる。

・ もはやふたりではなく、ひとりなのです。こういうわけで、人は、神が結びあわせたものを引き離してはなりません。(マタイの福音書19-6)(58p)
・ 妻と夫は別れてはいけません。もし別れたのだったら、結婚せずにいるか、それとも夫と和解するか、どちらかにしなさい。また夫は妻を離別してはいけません。(コリント人への手紙、第1の7の10,11)(58p)
・ 人がもし、自分の姉妹、すなわち父の娘、あるいは母の娘をめとり、その姉妹の裸を見、また女が彼の裸を見るなら、これは恥ずべきことである。(旧約、レビ記20-17)(60p)
・ 生めよ。ふえよ。地を満たせ。(創世記1-28)(61p)
・ 夫も自分の妻を自分の体のように愛さなければなりません。(エペソ人への手紙5-28)(114P)
・ 天の御国のために、みずから独身者になった者もいるからです。それができる者はそれを受け入れなさい。(コリント人への手紙1-7-9)(283p)
・ もし自制することができなければ結婚しなさい。情欲に身を焦がすよりは、結婚したほうがましだからです。(コリント人への手紙1-7-9)(283p)
(1968- 31)
000112