おさん 山本 周五郎


新潮文庫

青竹
「私はただ一筋に戦うだけでございます。さむらい大将を討ったからとて功名とも思いませぬし、雑兵だからとて詰まらぬとも思いません。」と主張する井伊藩士余呉源七郎。
いったんは断った縁談ながら、生涯の妻と決めた女性が亡くなったと聞き、旗印に数珠を描きいれて大坂冬の陣で一筋に戦う。理想とされる武人の姿を描いた好編。
夕靄の中
半七は恋人おつやを横取りしたやくざ仲間を倒そうと江戸に戻った。しかし誰かがつけてくる。上野の大宗寺に忍び入り、おいねなる見ず知らずの女性の墓にぬかづくふりをして様子をうかがう。ところが後ろからきたおいねの母が半七をおいねの恋人で手代の繁二郎とすっかり勘違い。ここは繁二郎になりすまして…。追ってきた岡引もおいねの母に強く主張されて引き返してしまった。
みずぐるま
若尾は武家の生まれだったが、運命のいたずらで岩本新之丞一座で水芸をやっていた。重臣の息子弘田和次郎に見初められて養女に成った。明るい積極的な性格が幸いする。やがて長刀を習って腕をあげ、江戸に出て周防の守の姫を指導するまでになる。和次郎の友人の谷口修理が芸人だったことをたてに関係を迫るが断り、一時は芸人に戻ろうかとさえ考える。若尾という女性のはつらつとした生き様が爽快である。
葦は見ていた
若い頃おひさに夢中だった計之介は、結局は許嫁の深江を選ぶ。その後彼は順調に埋もれた文筺を見つけた。その中にはおひさの遺言書が入っていた。しかし計之介にとってはもう遠い過去のものだった。おひさの入水の部分から書き出しているところが良いと思った。
夜の辛夷
お梶は、二十四になる子持ちの、凶状持ちが飛び込んでくればその筋に訴えるような岡場所の女。そうした彼女の元に、どこか雰囲気の違う元吉が飛び込んでくる。彼は、棟梁の父親が大きな建築の完成寸前に不審火で首吊り、母親も狂死していまでして今では盗人なのだ。しかしお梶の「あたしは自分の子のためならなんでもする。」という言葉を聞き、出直そうと決心する。
並木河岸
三度も流産しすきま風の感じられ始めた鉄次とおてい夫婦。鉄次はふとしたことで幼なじみの店の女将お梶とであい、泊まりがけの遠出を約束する。ところがそれに感づいたおていは、当朝「あたしもゆくの」と旅支度を整える。なんとか振り切ろうとしながら、二人がいつの間にかたどり着いたのは昔逢瀬を重ねた並木河岸だった。
その木戸を通って
記憶喪失にかかった娘が、平松正四郎を尋ねてくる。娘に行くあてもない様子とあって、仕方なく引き取り、おふさと名づける。良い娘で正四郎は気に入り、やがて夫婦になり、子を儲ける。しかしおふさに失われた記憶が徐々に戻ってきたようで…・。
おさん
参太がおさんが知り合い、激しい恋に落ち、結ばれる。しかし仕事でどうしても大坂に行かなければならなくなる。良い女だが、男がいなければどうにもならぬおさんは、やがて他の男と次々に出来、身を滅ぼして行く。以上の説明と互い違いに、2年経って参太が、おふさという女性と一緒に大阪から戻ってきて、おさんを訪ね歩きやがてその墓を見つける過程、が並行して描かれる。そして最後に死んだおさんとの会話へと物語が一気に盛り上がる。様式といい、描写といい、短編の傑作と言えよう。
偸盗
鬼鮫はみずから酷薄無残を自認する大泥棒。ところが彼のやることはどこか抜けている。砂金を盗んだら塩だったり、宝冠の入っているはずの高蒔絵の筐を盗んだが入っていたのは雪靴だったり、白川の別荘に忍び入って落とし穴に落ちるなど。その鬼鮫が今度は後には東宮妃と噂される姫君を誘拐する。ところがこれがとんでもない娘で、良く食う上に夜な夜なせまってきて、こちらは身が持たぬ。本家に「誘拐したから身代金をよこせ!」と要求すると、「嫁にしようが、煮て食おうがそちらの勝手!返してくれるな。」あでやかなユーモア小説で作者の才能をうかがわせる。
饒舌り過ぎる
小野十大夫と土田正三郎は親友だが、不思議な事にいつも同じ女性を愛してしまう。いつも正三郎に「おまえは饒舌り過ぎる。」と言っていた十大夫が危篤になった。しかし正三郎は見舞わなかった。十大夫の妻はかっての正三郎の恋人、二人生き残るところを十大夫に見せたくなかったのだ。

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