小学館文庫
この書は、文部科学省が公表している教科書検定の改善指導内容をふまえ、項目ごとに中学生の歴史・公民それぞれ八社の教科書の内容に検討を加えたものである。オビには「中・韓が文句をいう教科書を読んでみよう。」とあるから、あたかも近現代における日中、日韓関係のみを検討しているように取られがちだが、はば広く、洗いざらい日本のこの種の教科書の問題点を指摘しており、認識を新たにする思いである。同時に我々が普段気のついていない歴史や社会の問題点を数多く発見させてくれる。
項目が多岐にわたるので、特に気のついた点をあげると
(歴史教科書)
まず重要なのは「まえがき、あとがき」の違いである。そこには教科書執筆の姿勢がはっきり現れている。ここで「近代日本の歴史」を「反省すべき歴史」と捉えることを表明したり、「差別反対、人権重視の思想」に立脚していることを主張することはまさにかたよった思想の押しつけであり、恐ろしい。
歴史を学ぶとは過去の事実について過去の人がどう考えたかを学ぶことであり、そう言う行為が国際化の時代だからこそ、日本人としてのアイデンテイテイを確立するために必要なのであると思う。
次ぎに感じたのは大日本帝国憲法の扱いで、現代憲法を尺度としていかに遅れた憲法であったかを強調する態度は誤りだ。欧米の憲法に学び、有識者の意見も採り入れて、作成され、これによりアジアで唯一の立憲制の国家が成立し、議会政治が始まったことを忘れてはならない。国民の自由や権利は制限つきでしか認められなかったと非難するが、そのころ凡てが認められた国家などどこにあったと言うのだ。
これと同時に日清、日露を通じて日本が先進国の仲間に入るために努力し、遂に条約改正に成功した、と言う点を軽く見ては成らない。戦後、アジア諸国が開放され、独立したが、彼らは皆日本に学ぼうとした。しか現代に至るまで成功したのは韓国と台湾くらいだ。他の諸国にはその能力が不十分だったのだ。この点我々は誇っていい点だ、と言うことを明確に教えなければいけない、と思う。
戦後の日本については日本国憲法が米国マッカーサーによって押しつけられたものであること、極東軍事裁判が言ってみれば懲罰裁判であったことを是非教えて欲しい。そしてサンフランシスコ講和会議によって日本が再び世界に仲間入りできた点を強調して欲しい。侵略史観にたって戦後補償について政府の考えと相反する意見をのべることは、歴史教科書を通して自分の意見を押しつけようとするものだ。
(公民教科書)
青少年犯罪の増加、公徳心のなさ、ミーイズムの蔓延等が問題になっているが、このような問題に対処し、しっかりした国民を育てることのことの重要性が叫ばれている。そのために学校教育、家庭教育の重要性が叫ばれているが、基準となるのはこの公民という科目ではないか。ところがどうも教科書を見ると全体思想が混乱しているのではないかと感じる。
まず第一に国家と国民の関係が明確にされなければいけない。国家を維持し、形成し、支えて行くために、国民の協力や役割が大切である、と言う点を理解させなければいけない。同時に我々はまず日本国民であって、その立場に立って国際協力等が可能だと考えてもらわねば困る。日本はどうでも良くて、地球市民的立場からなどというような根なし草的考えは排してもらいたい。
また国民には権利と同時に義務があると言うことを明確に教えるべきだ。納税義務もそうであるし、国民として時に国家に協力することも必要だと教えて欲しい。これに関連し社会的ルールや個人の責任について明快に記述して欲しい。地方自治については地方が国家の考えを無視してなんでもやって良いと言う考えも、地方が補助金だけをあてにして改革をはかることもおかしいと教える必要があろう。
経済活動についてはその仕組みのみならず、役割と重要性を認識させなければいけない。同時に職業の意義と大切さと人間と社会のかかわりを教えなければいけない。資本家と労働者の対立などと言う見方で捉えたマルクス主義的な書き方は時代遅れと認識すべきだ。
最後に家庭教育についての書き方だ。家庭は「私たちが所属する社会集団の中でも、愛情と信頼で結ばれた、もっとも小さな基礎的な集団」であり、「その中で生命の大切さを教わり、人間らしく自立して生きることや、互いに個人として尊重し、協力しあって平等に生きて行くことを学ぶ役割」を果たすべきなのである。男女平等についてもこの観点から述べられるべきで、どちらが得か、という議論ではなく「家族生活には、生計費の維持や育児・家事が不可欠である。家族はこれらを協力して行わなければいけない。」そのためにはどうしたら良いか、と言うところを考えさせ、教えることが大切である。そしてそこでこそ妙な権利意識ではなく、公徳心やモラールの大切さと言った社会人としての基礎が教えられるなければいけない。
010707