蓮如・・われ深き淵より・・ 五木 寛之


中公文庫

倉田百三「出家とその弟子」は親鸞を扱ったものだが、この作品は主人公をその弟子蓮如に置き換えた赴きの戯曲。
私の今までの蓮如上人イメージは高等学校の歴史教育などで習った物だ。それによれば、上人のは浄土真宗中興の祖で、仏教に対するひたむきさよりもヴァイタリテイあふれ、政治能力が優れた人と言うものだった。その点この作品は宗教上の悩みと性生活の悩みを強調しているように見える。どちらが正しいのだろうか。蓮如については他の作家も書いているようなので機会があったら読んでみたい。

第一幕:1453年、晩秋。蓮如が鳥部山にも運ばれず、放置された老女の遺体に念仏を唱えていると、鳥辺の座頭が話し掛け、仏説琵琶なものを聞かせる。座頭は、蓮如の説教口調を非難し、蓮如も普通の娘に勃起する男で煩悩消えやらぬことを証明してみせる。そして他力念仏の船に衆生を乗せて光の岸へ漕ぎ出す役を引き受けようとする蓮如を励ます。
本願寺で、蓮如は子沢山、病身の妻如了の手助けに余念がない。一方長男蓮如をさしおいて自分の夫応玄を跡取りにしたい如了が何かとうるさい。そこに祇園社の神人たちに追われた加助が駈込んでくる。加助を井戸に隠し、蓮如は追ってきた備後法師と対決、「私は親鸞様について行くのみ。弥陀は、救いを求める我々をいつも救おうとしていられる。ちょうど救いを述べる船のように。自力では救われぬ」などと説き、急場を救う。
第二幕:1461年、冬。本願寺は存如の後を、蓮如が継いでいる。蓮如の妻如了は他界し、妹の蓮祐が妻の座につき、また多くの子を作っている。蓮如は衆生に他力本願をつたえるための「ふみ」作りに懸命だが、うまく行かない。女中のトキの夫におさまった加助は加茂の河原あたりの死体処理にいそがしく「ふみ」作りに明け暮れる蓮如を非難する。それでも蓮如は自分の行き方を崩さない。今度はトキに「親鸞さまの受け売りではないか。」と非難される。
第三幕:1464年、秋。琵琶湖畔堅田の道場。ふみの唱和を背景に堅田の法住、三河の如光、金森の道西等の門徒衆があつまり、念仏宗がどんどん増えている話などをている。これに蓮祐やトキが加わる。トキは「女子は五障・三従の身であると言われるがなぜ女子は男より生まれながらにして罪や障りが多いのか。」などという疑問を発する。海賊茶を楽しみ、竜玄の謡曲「誓願寺」などを楽しんでいると、備後法師がやって来て比叡山の要求を突き付ける。蓮如はあいまいな返事をする。
本願寺を比叡山の山法師が襲撃する。逃げようとする蓮如を備後法師が追いかけ、危機一髪。しかし突然能面の法師が現れ、蓮如の身代わりとなって井戸に飛び込む。法師は加助だった。蓮如は加助を助け「おわったのう。」とつぶやくが、蓮祐は「おわりではござりませぬ。これがはじまりでございます。」という。
第四幕:1465年。冬。京から近江へ蓮如ら一行が落ちて行く。蓮祐はまた子ができたらしく調子が悪い。
1470年。蓮如56歳。すでに本願寺襲撃から5年が経っている。堅田でしばしの平安を得ていた蓮如だが、興福寺大乗院から越前と加賀の国境にある吉崎にゆくことを薦められる。そこに妻蓮祐が危篤との報。蓮如は取るものもとりあえずかけつける。蓮祐は最後に「蓮如が最初から好きだった。」と伝え息を引き取る。備後法師が駆けつけ、蓮如にすがる。
1471年。蓮如57才。なごりは尽きぬが、越前、加賀に親鸞の教えに従った念仏宗が多い、ということだ。母の声「しんらんさまについてゆくのじゃ。そして、おねんぶつをひろめなされ…・・」を思い出し、堅田を去り、吉崎に行こうと決心する。

(参考)
蓮如  1415-99 浄土真宗中興の祖。いみなは兼寿。15歳で一宗再輿の大志をいだき、のち東国・北陸に宗祖親鴛(しんらん)の旧跡を巡拝していっそうその心をかためた。1457年、父存如の死後を受け本願寺第8世を継いで宗主となった。その後彼の念仏興隆の努カがようやくいとぐちについたやさき、本願寺の本寺であった比叡山のねたみをかい、親鷺の影像をまつった大谷は襲われ、蓮如は親鷲の像を奉じて難を大津にさけ、のら北陸・東北の諸国に遊化(ゆうげ)した。71年、越前(福井県)に一寺を建立したが、これが吉崎御坊で、これより彼の教化は一段と光彩をはなち、道俗が多数彼のもとに集まった。彼は《正信喝》や《三帖和讃》をはじめて刊行して宗義の普及につとめ、一宗の掟を定めるとともに俗耳に入りやすい表現をとって宗義・安心(あんじん)を説いた。75年冨樫政親に襲われたため難をのがれ、78年山城の山科に本願寺を再興した。89年、寺務を子の光兼にゆずり、諸所を遊化し布教につとめたが、96年、大阪に石山本願寺を建立した。85歳山科で没した。著書に《御文章》《正信喝大意》《領解(りょうげ)文〉《御一代聞書》などがあり、彼が書いて信徒に与えた名号は国内いたるところに配布されたといわれる。(石田瑞麿、平凡社世界百科辞典)

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