侍         遠藤 周作


新潮文庫

長谷倉一族は、伊達政宗が太閤秀吉に帰順したとき、地味豊かな黒川から荒れた野谷地を割り当てられた。いつか黒川の土地を返してもらいたいと願っていた。
セビリヤ出身の宣教師ベラスコは、日本の司教になりたいという野望を持っていた。彼は通辞として使われたが、日本人が欲得だけで動く者たちと信じていた。東南アジアやノヴェスパニア(メキシコ)との貿易はフィリピン経由であったが、日本人に行わせてやれば、布教に役立つと考えた。彼の勧めで伊達藩は大型船舶を建造し、ノベスパニアに向かわせることにした。
身分の低い召出衆である長谷倉六右衛門(42歳)が選ばれ、航海に成功すれば黒川の土地を返してくれるようなことまで示唆された。他に、西九助、田中太郎左衛門、松木忠作が選ばれた。それぞれのお供、商人達が乗り、船の難破で日本にたどり着いたエスパニア人と日本人の水手が船を操ることになった。
1613年、5月サン・フワン・バプテイスタ号が、盛大な見送りの中、月の浦を出港した。船酔いに悩まされた上、船は二度の嵐、霧で大きな損傷を受けるなど大変な苦労をした。そのうえ何人かの者が命を落としたが、2ヶ月ほどで、アカプルコに到着した。この間にベラスコは商人達に利を説いて改宗させてしまった。
陸路メヒコに到着し、ノヴェスパニア総督の歓迎は受けるものの、貿易申し入れについては「自分にはこの書状に返答する権限がない。」
そこで一行はエスパニアに渡ろうと考えるが、松木は、自分たち召出衆は藩に利用されているに過ぎない、と断じ、商人達と帰国することにする。
三人は東海岸ベラクルスから出港、10ヶ月後グアダルキビル河をさかのぼってセビリアに到着する。熱狂的な歓迎にもかかわらず、レルマ司教はベラスコに反対するペテロ派が「今回の使節が日本皇帝の正式の使者ではない。」と告げている、と心配する。ペテロ派の長老ヴァレンテ神父との公開論争に勝てば、認められると伝える。
マドリッドで国王フェリペ3世に謁見、長谷倉と西が受洗し、居並ぶスペイン人たちを感動させた。しかし公開論争では、最後にヴァレンテ神父が「日本はキリスト教追放を決めた。」と報告し、一行は正式使者とは認められなかった。その後ローマ法王パウルス五世に面会し、宣教師の派遣とノベスパニアとの交易助言を申し入れるが、具体的な成果は得られない。また往路にも優る苦労をして「苦労して日本に戻るが、途中田中は使命を果たせなかったと自殺して果てた。ベラスコはフィリピンに去ってしまった。
1620年長谷倉と西は、むなしく帰国。日本は出国した当時と状況が変わり、徳川幕府は鎖国とキリスト教徒追放方針を打ち出していた。もともと外様であった伊達家は幕府の信用を取り戻さねばならぬ。そんな時、かって一存で企てた宣教師派遣要請やノべスパニア貿易は消し去らねばならない過去であった。

日本人にとってキリスト教はなんであったか、西洋人にとってのキリスト教とどのように違うのかをを追求しようとした作品。村社会、父母、祖先から逃げられない日本人と、ともすれば非人間的行為を通じてでも改宗させれば勝ち、と考える西洋人の比較が良く描かれている。

・このノベスパニアも征服者コルテスが一五一九年に上陸し、わずかの兵士で無数のインデイオを捕らえ殺した。その行為が神の教えから行って正しい行為とは誰も思わぬ。しかしその犠牲の上で、現在、多くのインデイオたちがわれらの主の教えに触れ、その野蛮な風習から救われ、道を歩み始めた事実も忘れてはならぬ。(139p)
・ ここの農園主たちはインデイオにも適当な利益を与え、自分たちも利を得るという知恵を持たなかった。(163p)
・ ここに一人の日本人がいます。私たちは彼を改宗させようとします。しかし「彼」という一人の人間は日本にはいなかったのです。その背後には村があります。家があります。いや、それだけではない。更に彼の死んだ父母や祖先がいます。その村、家、父母。祖先はまるで生きた命のように彼と強く結びついているのです。だから彼とは一人の人間ではありません。村や家や父母や祖先のすべてを背負った総体なのです。(248p)
・ あの方は、生涯、惨めであられたゆえ、惨めなものの心を承知しておられます。あの方はみすぼらしく死なれたゆえ、みすぼらしく死ぬものの悲しみを存じておられます。(338p)
・ あまたの国を歩いた。大きな海も横切った。それなのに結局、自分が戻ってきたのは土地がやせ、貧しい村しかないここだという実感が今更のように胸に込み上げてくる。それでいいのだと侍は思う。広い世界、あまたの国、大きな海。だが人間はどこでも変わりなかった。どこにも争いがあり駆け引きや術策がうづまいていた。それは殿のお城の中でもベラスコたちの生きる宗門世界でも同じであった。侍が自分で見たのは、あまたの土地、あまたの国、あまたの街ではなく、結局は人間のどうにもならぬ宿業だと思った。(378p)

0005031