生物と無生物のあいだ   福岡伸一

講談社現代文庫

著者は京都大学卒の分子生物学者。恐ろしく文章のうまい人である。帯に読み始めたら止まらない極上の科学ミステリーとあるが、その言葉にふさわしい。

彼の研究したニューヨークロックフェラー研究所、そこには野口英世像があるが忘れられた存在である。彼は一時期梅毒、ポリオ、狂犬病、トラコーマそして黄熱病の病原体を培養したと発表し、脚光を浴びたが、今ではその主張のほとんどは、全て間違ったものとして全く省みられていない。その事実を通してまずは研究の難しさをとく。

ウイルスの発見。ウイルスは自己複製能力を持つゆえに単なる物質と一線を画す。単独では何も出来ぬくせに細胞に寄生する。寄生細胞は何も知らずに、外来DNAを自分の一部だとカン違いして複製を行う一方、次々にウイルスを生産する。ウイルスはやがて細胞膜を突き破って外に飛び出す。
ウイルスの複製能力は、たんぱく質の甲殻の内部に鎮座する単一の分子核酸=DNAによって担保されている。DNAが二重螺旋構造を持つことを発見したのは、オズワルド・エイブリー等であった。やがてDNAはAとCとGとTの4種類によって構成され、AとT,CとGがついになっていることも明らかになった。さらに生命現象がすべて動的並行の上に成り立っているとし、我々の体が原子にくらべてずっと大きい理由を述べる。この辺まで本書のいわば基礎編と行ったところが。たとえがうまく面白く読める。

後半に10数年前に行った彼自身の研究を紹介している。
膵臓の働きは大量の消化酵素を生産して消化管に送り出す作業(外分泌)および血糖値を監視してそれを調節するホルモン(インシュリンやグルカゴン)を血液中に送り出す作業(内分泌)である。いづれも細胞の内部で作られた消化酵素やホルモンを細胞の外に送り出す現象だ。この行為を行うために細胞膜が、あるときは内向きに陥入して小胞体を作ったり、再度その膜が外側を包む皮膜と融合したりする。
そのメカニズムを明らかにするために、細胞膜の運動を掌っているたんぱく質をイヌのすい臓から収集する。やがてGP2という特殊たんぱく質の発見にいたり、僅かなPHの変化で奇妙な振る舞いをすることを発見する。GP2は500個ほどのアミノ酸からなることも分かったが、これだけでは不十分。アミノ酸配列を指定している遺伝子コードを解読するとともに、その役割を知る必要があった。

GP2遺伝子を意図的に欠損させたES細胞をマウスに与え、ノックアウトマウスを誕生させるが、正常のマウスと変わらない。しかしその約三分の一を欠損させたものを与えると、誕生したマウスは成長とともにおかしくなる。生物は必要な遺伝がなければ、それを前提に成長するが、不完全なものがあると、あるものとして成長してしまい、将来になって、欠陥が露呈されるのだ。つまり内部に機械と違って不可逆的な流れがあるのだ。

著者は子供の頃蝶が趣味であったらしい。後半はその思い出話とともに書き込まれ楽しい。子供が自然をみるような感動で書かれているところがこの書の魅力である。気楽に構えて一読を薦める。損はない。

080524