小説「聖書」(旧約編)    ウオルター・ワンゲリン


徳間書店 THE BOOK OF GOD  仲村 明子 訳

この本は、ベストセラーになったという。しかし、内容は世界で一番良く売れている聖書を、ヘブライ人の歴史に的を絞り、ちょっと物語風に変えただけ。本来なら地味な本で、教会等を通じて、キリスト教に多少なりとも興味のある人に薦められる筋合いのものと思う。
それが書店の一番目立つところにおかれ、ベストセラー。一重に私は訳本のタイトルのつけかたがうまいからではないか、と感じる。そのまま訳せば「神の書」思いついても「お話し聖書」くらい。そこに小説「聖書」、何かありそうな自分たちが子供の時から聞いている聖書の話以上に何かありそうなタイトルではないか。
もっとも裏をかえせば聖書、聖書と言うが、そのまま読めば夾雑物が多すぎてどうも冗長、難しい、退屈、キリスト教徒以外の日本人で最初から最後まで読んだ人は案外少ないのではないか。その結果としてこの本が読まれたのかも知れない。
書きぶりは、人類創世の話を、預言者エズラが、バビロン幽囚から解放され、故郷に戻ったヘブライ人に語り聞かせることにし、一番最後に持ってきている点を除けば、原典に忠実に書かれている。
父祖編は、アブラハムやイサク神話と神との契約の話、エジプトに逃げ出しそこで出世するヨセフの話、兄弟との邂逅、ヘブライ人がエジプトに住むようになる話。
契約編はモーセに率いられてカナンの地を求めて、エジプトを去る話、異教のはびこる話、モーゼが神とシナイ山で再び契約をする話。この章は映画「十戒」の通りである。
主の戦い編はヨシュアがカナンの地を手に入れる話、その後しばしばヘブライ人が周囲と戦いながら、神との契約に背く話、サムソンとデリラのエピソードもこの章である。
王たち編は外敵に対抗するため、サウルが王の必要性を認め、息子のサムエルを王にする話。ゴリアトを倒すなどダビデの活躍、サウルがダビデを嫉妬し、ダビデが逃げ出す話、やがて神の信任を失ってサウルが死に、その子のイシュ・ポシェトが亡ぼされ、ダビデが王になる話。ダビデが栄光の時代を迎えるものの、部下の妻に手を出し、反感を買い、アブサロムが決起する話、ソロモン王の栄華の話、シバの女王の話もここに含まれる。
預言者たち編は国内が分裂し、外敵の侵入を受ける話。南北分裂の話。異教のはびこる話とエリヤ、アモス、ホセア、イザヤ、エレミヤなどの預言者の話、アッシリア、バビロンの勃興の話、エジプトと同盟を結ぼうとするが実らない。
捕囚からの手紙編はいつか故郷カナンに帰れる、預言者があらわれるを予感させる話。
最後の切望編は既に述べたエズラの演説の話で、人々が未来に対して希望を抱く形でエンデイングにしている。
読み終えて気がついたことが二つある。
一つは聖書が非常に泥臭い人間の生の姿を描き出しており、現代の人間の行動洋式にも通じている点だ。イサクが兄を騙して祝福を受けてみたり、ヨセフの復讐談があったり、サウルがダビデを嫉妬して見たりなどである。
第二は旧約聖書が決してキリスト教徒のものにはなり得ないと言う点だ。あくまでヘブライ人と神の契約の話であり、ヘブライ人の歴史神話である。エズラが最後に人々に向かって「あなたたちは不実だ。神の契約は誰のもとにあるかきかなかったのか。それでもなお、いまわしい行為をするものたちと別れなかったのか。あなたがたはアンモン人、モアブ人、エジプト人、サマリア人と結婚しているではないか。」(446p)というくだりがこの書の言う宗教(現在ではユダヤ教)の持つ排他性を物語っていることも事実である。
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