新潮文庫
本院の左大臣時平に仕える平中こと平定文は、色好みでありながら、そそっかしいところがあった。侍従の君に恋いこがれるが、すっぽかされるなどさんざんコケにされている。師の大納言国経は八十に近いが、北の方は並び無い器量でまだ五十以上若い。国経は歳はとっているが甥の時平に比べると官位はずっと低い。ところがある年、時平からいたわりの手紙やプレゼントが続々届くようになり、国経は天にも昇る心地、しかも正月には時平みずから国経の館を訪れると知らされますます恐縮する。
さて正月、時平は平中等を伴って国経館を訪れ、皆酔い後は帰るのみとなったが国経が引き留めた。ところが時平は「この左大臣を引き留めるには引き出物が少ない。」唖然とする国経。しかし相手の意図を察し、かつ酔った勢いで北の方を引き出物に差し出してしまう。翌日後悔するが後の祭り。
滋幹は国経と北の方の間に生まれた。北の方とも契ったことのある平中は時平のやり方に唖然とすると共に、なんとかもう一度北の方を物にしようと、幼い滋幹を使いに歌など差し入れるが会うことがならず次第に足が遠のいて行く。
北の方に去られた国経は寂しくて仕方がない。それを紛らわそうと酒を飲むが苦しいだけだ。人間の本質は一皮むけば浅ましいものという不浄観を身につけて北の方を忘れようと考え、月の輝く夜屍に対峙するなどの努力をはらう。しかし雑念止まぬまま天寿を迎えることとなった。国経が亡くなって翌年、菅原道真のたたりか、時平らが若死にした。
それから何十年、滋幹は母である北の方にあうことはなかったが、ある時西坂本あたりを訪れ、そのあたりに母が出家している話を思い出す。
なんと表現したらよいか分からないけれど、よく文献が調べられ、それらがこなされて使われている上に、実に文章がうまい。このころの記述であるから、長いねっとりとした文章になるのだが、そうするとしばしば退屈な文書になりがちだ。それを今一歩のところでこらえ、読者に面白いと感じさせる・・・その辺が何とも言えない。
・閑居の友(119p)
・人体の不浄の所以(123p)
991007