講談社現代新書
著者は1954年生まれ、東京大学理学部卒業後、司法試験に合格し、裁判官となった後、2006年に退官した異色の経歴の持ち主。現在の裁判制度の問題点、これから導入されようとする裁判員制度を考える上で非常に参考になった。
父親は、娘が幼いときから性的関係を強要していた。娘が年頃になって好きな男が出来た。父親に許可を求めたが、猛反対し、娘を監禁するまでにいたった。思い余った娘は、父親が酔っ払ったおりに絞め殺してしまった。
刑法200条では尊属殺人について死刑または無期懲役、199条では普通の殺人は死刑、無期懲役または3年以上の刑に処す、となっている。一方憲法14条1項では国民は法の下に平等である、としている。最高裁は「刑法200条の尊属殺人規定は、憲法違反である。」として普通殺人罪を適用し、刑を軽減した。
しかし判決では今問われていることに答えればよいのだって、一般的な判断をする必要はない。一外国人労働者の不法行為を非難して「外国人労働者にロクな者はいない。悪い奴ばかりだ。」というようなものだ。事件の原因が父親の日常的な異常行為にあるのだから、尊属殺人罪でなく一般殺人罪を適用する、とすればそれですむ話だ。
平成13年8月の小泉首相靖国神社参拝について、福岡地裁に国民211名が小泉首相と国を相手取り、原告一人当たり10万円の慰謝料を請求する訴えを起こした。しかしどうみて法律上保護された具体的権利や法益が侵害されている状況である、とはいえない。従ってそれが判明した時点で、速やかに原告らの証拠申し立てを却下すべきであった。2年半に近い審理を経た後出した判決は、却下であったが、理由欄にまさに裁判所の越権にあたる蛇足文章が加えられた。「首相の靖国神社参拝は、憲法の20条3項に禁止する宗教的活動に該当し違反である云々」妙なことに国は、裁判に勝ったのであるから控訴できない。マスコミの反応も、奇妙で訴えが退けられたことよりも、この蛇足に重点を置いて報道する。「首相の靖国参拝違憲」「国勝訴、控訴できず」
理由欄に理由以外のことを書いてはいけない。しかもこの蛇足は、妙な結果をもたらす。第一は憲法判断で負けた国に、上訴権がないこと、第二にそもそも憲法問題についての最終的判断は、最高裁が判断件を有するのに、これが利用できない。まさに国の権利の侵害であって許されるべきものではない。
愛媛県は昭和56年から61年にかけて、靖国神社が挙行した例大祭に玉串料として、10数万円を支出した。これを憲法違反であるとして、当時の市長と担当者が訴えられた。担当者の無罪は確定したものの、裁判は最高裁にまで及び、憲法違反と判断され、白石氏に賠償義務があるとした。しかし判決の直前に白石氏は他界していた。
地方公共団体の公金支出に違法があった場合、その地方公共団体はその支出をした職員個人に損害賠償を請求できる。しかしそれを地方公共団体が請求しない場合、住民は、職員個人に対し、その地方公共団体へ賠償するよう請求する事が出来る。これが住民訴訟である。訴えられた本人が死亡した場合、その時点で訴訟は不適法となるから、訴え却下と言う門前払い判決をしなければならない。あえて違憲判決を下したことは越権行為である。その元になされた判決を、最大見出しとして扱ったマスコミも問題だ。
最後に平成21年度までに施行される裁判員制度は即刻廃止にするべきである。対象となるのは、死刑を含む刑事事件の中でも特に重大事件とされるものである。これを原則として裁判官3人と素人の裁判員6人の合議体で担当する。裁判員は事実の認定、法令の適用、刑の量定に関与する権限を有する。確かに裁判と言うのは誰でも出来る。しかし近代の裁判は法律に基づかなければいけないのであって、必要なことは教えるからと当局は言うが、とても素人に出来るものとは思えない。これでは国会がいくら法律を制定しても、出るところへ出ればそんな法律を使ってもらえるとは限らない、と言うことになる。法の実効性が失われ社会を混乱させる越権行為といわざるを得ない。一度実施してみて不都合があれば改めればいい、などとの意見もあるが、裁判はゲームではなく常に真剣勝負だ。選択肢は即刻廃止あるのみである。
裁判官は司法試験に通ってしまうと余程でない限り身分が保証される。すると保守的、保身的になり、つい違法行為を繰り返すなどする。非常に大きな行政としての権力を振るえる一方で、その行為に国民は無関心である。憲法改正が議論されているが、裁判制度を改めようとする動きはない。裁判官は孤高を誇るように見えるが、世論を非常に気にしている。これからは、裁判官の行為を日常的にチェックできるのは、国民のみと言うことを再度認識して欲しい。
2007年6月22日(金)晴れ