「神道の逆襲」   菅野 覚明

講談社現代新書

神道の解説をすると共に、日本人にとって「神さま」とはなんであろうかと考えさせる作品。「逆襲」という言葉は必ずしも当たっていないが、ベーシックな考えを得るには好書。

第1章「神様がやってきた」では、日本では神をお客様として認識されていた、その神様はよいこともするが悪いこともする、故に祀ろわねばならぬ、と考えた。
第2章「神道教説の発生」では、伊勢神道に神道五部書などに基づき論理的側面を述べる。
天地開闢の悠久の昔に、世界の一番の根本的ありようは天照大神と豊受大神が幽契を結ばれ、前者は内宮に鎮座しその子孫が天皇を生み、後者は外宮に鎮座し神道をうみだした、とする。この理論の文献的弱点を補うため同体異名説も存在する。
第3章「神国日本」では、五部書的理解のうちに「日本は神の国である」という理解がある。それは武力によっては侵されない、とする考え方に通じる。これを体系的に述べたものが北畠親房の「神皇正統記」で独自の国のありようをのべ三種の神器を神勅と三徳との関係で定義づけると共に、特に正直を重視した。

第4章「正直の頭に神やどる」では、神に愛される条件としての正直についてのべる。正直は、現代人には心の持ちよう、と映るが、本来は反転した景色に踏み込む緊張感と捕らえるべきとする。
第5章「我祭る、ゆえに我あり」では、伊勢神道は神を祭ることの意味や祭る人々の反省の立場から生まれたが、室町時代から江戸時代にかけて国家的祭祀体制から半ば独立した私的な神道がでてきた。その最初が吉田兼倶のはじめた吉田神道で、国常立命を始祖とする本格的理論体系を構築すると共に独自の施設、行法を編み出し、日本中の神の統一を模索した。「心の清浄、正直」を通じ、神人一体化すると説き、祭っている人と祭られている神は別のものではない、とした。
第6章「神儒一致の神道」では、神道に朱子学をもちこんだ山崎闇斎についてのべる。朱子学では万物に「あらしむる理」があり、物質的なものの気によってその発展が妨げられていると説く。この「理」の捕らえ方を、垂下神道における神の理解に重ね合わせた。

第7章「神道の宗源は土金にあり」では、「朱子学の万物の宗源は土金」の考えが神道に取り入れられ、君臣道徳が重視された経緯をのべる。「心身ともに全ければ、五倫(君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友)の間も明らかにして、五の序で(序列)各々ところを得て、国家天下も太平なり。」敬(特に臣下の道)が重視され秩序にのっとって行為することが説かれた。
第8章「危ない私と日本」では、厳しい儒学的枠組み自体をひっくり返し、個々の人の特殊性、個別性、すなわち欲情、私欲自体を人間の本質と見て、そこから一つの道を構想しようという思想が国学者の間で起こった。賀茂真淵は歌人の理想とする万葉の心を「高木直き心」とし、道徳の教えによって世の中が収まるとする考えを批判した。

第9章「人はなぜ泣くのか」では、本居宣長が真淵の考えを発展させ、情と和歌の関係で問題にした心のありようを「動くもの」として定式化しようとした。源氏物語における「もののあわれ」を「喪失の悲しみ」で始まり「喪失の悲しみで終る」と捕らえた。これに基づきイザナギ、イザナミを頂点とする「古事記」の新しい解釈を行った。
第10章「魂の行方」では、平田篤胤の神道説を中心にのべる。人は死後黄泉の国に行くのではなく、中間的な「幽冥界」に行く、とした。この幽冥界こそが人間の魂の落ち着き裂くとし、男女和合と子孫繁栄を説いた。
むすび「神様の現在」では、神の世界の祭祀が現代生活の多くの面で息づいているとする。

060510