刺青    谷崎 潤一郎


新潮文庫

著者の初期短編集。特に表題の刺青は明治42年に「新思潮」に発表され、「少年」「幇間」と共に、永井荷風に絶賛され文壇に出る機会を与えられた作品。
「異端者の悲しみ」は作者の自伝的な作品であるだけに、そうとも言い切れないところがあるが、その他はいづれも小説らしい小説と言う感じがする。読んでいてぞくぞくし、どういうことになるのだろうと読者を心配させたり、あるいはその残忍さにぎょっとさせたりする。
「刺青」は男の潜在的欲望をかき立て、冒険心を刺激する。「少年」は友人塙の様子が学校とまるで違っていることに驚かされるし、秘密の部屋を尋ねる下りはゾクゾクさせる。「秘密」は女の意図と結末を読者に心配させる。「二人の稚児」は典雅な美しさを感じさせる。「母を恋うる記」はファンタジーのような面白さがある。
刺青
刺青師清吉の年来の宿願は、光輝ある美女の肌を得て、それへ己の魂を刺り込むことであった。ついに念願の娘が清吉を訪れた。隠し持った麻酔剤で眠らせて、一心に蜘蛛の形を刺り込む。
少年
塙信一は学校では評判の意気地なし、誰もが弱虫だの、泣き虫だの悪口を言っていた。ある日私は付き添いの女中に誘われて、彼の家に行くが、そこでは彼は暴君だった。学校でいじめっこの仙吉も、姉の光子も彼の暴力の前にひれ伏していた。そんなある日、私は光子が秘密にしている部屋を尋ねるのだが…。
幇間
幇間と言う仕事に心底惚れ込み、身を持ち崩した三平。彼が恋する梅吉が榊原の旦那と組んで、騙してやろうと一計を案じる。
秘密
いつの頃か私は女装をして夜の町を徘徊する趣味をもった。そんな時、2,3年前に上海に旅行する航海の途中、ふとした事から汽船の中で暫く関係を結んでいたT女にであった。彼女の目隠しされたまま、彼女の家を訪れ、再び関係を復活させる。
異端者の悲しみ
妹は結核でもう死にそうになっていた。親父は働きが悪くすっかり落ちぶれていた。「親子の者が、こんな長屋住居をするようになったのは誰のお陰だ!」などと妻に言われる始末。そんな状況から章三郎は酒にいりびたり、いつもぐだぐだしていた。やがて一家に転機が訪れる。
二人の稚児
二人の稚児千手丸と瑠璃光丸は子供の頃から女人禁制の比叡の山に預けられ、出家の道を歩むように育てられた。しかし先輩達が塵や埃に満ちあふれた浮き世が気になって仕方がない。とうとうある日、千手丸が山を下りてみるが…・。
母を恋ふる記
月は雲に隠れているけれど、どこから光りが漏れてくるのだろう、私はそれを頼りに一人歩き続ける。茅葺き屋根の囲炉裏の側にいたお婆さんはお母さんの様に見えたけれどちがったらしい。なおも歩き続けると三味線の音が聞こえてきた。その音は小さいときに聞いたように「天ぷら食いたい、天ぷら食いたい…。」と言っているようだった。

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