河出書房新社 米川 正夫 訳
この小説は、1866年作者が45歳の時に書かれたもので、ペテルブルグおよびシベリア流刑地での経験が元になっている。犯罪者の心理描写および周辺人物の性格描写が驚くほど丁寧で非常に参考になった。
主人公はラスコーリニコフである。彼は貧しい大学生で、ペテルブルグの狭苦しい下宿の一室にとどまったまま、ヒポコンデリアにかかり、いつもはりつめたいらだたしい気持ちを募らせている。
彼は通い付けの高利貸しの老婆を殺し、その財産を奪って有意義な生活をしたいと考えている。彼によれば一つの悪業をする事により、多くの善行が出来るのだから殺人は正当化される、というのである。
計画は実行に移され成功した。しかし来合わせた老婆の妹リザヴァーダまで殺してしまった。さいわい殺人現場に人が近づいたとき、工事中の部屋に隠れるなどして目撃されることはなかった。妙なことに大工が逮捕され自白までしたから、本来なら完全犯罪であった。
しかし彼はリザヴェーダを殺したことから、急に自信を喪失し、殺害現場に再びあらわれる、おかしな言動を繰り返す等不審な行動を取り始める。その結果、次第に官憲に注目されるようになってくる。
大酒のみのマルメラードフとの出会い、その死、葬式におけるソーニャとの出会い、国から出てきた母親のプリへーリア、娘のドウーニャとの邂逅、善良な好人物ラズーミヒン、卑劣な成り上がり者ルージン、良家のでながら身を持ち崩し自意識だけは怖ろしく強いスヴィドリガイロフとの議論、物語等が面白い。
最終的には自ら自白した形になり、愛するソーニャに薦められ、さらに官憲のポルフィーリイにも諭されてついに自首を決意する。八年間のシベリア流刑という比較的軽い判決を受けたが、ソーニャも彼の後を追ってついて行く。流刑地で彼は自負心を傷つけられながら、次第に新しい自分自身を見いだして行く。そしてソーニャとの真の愛にめざめ・・・。
・なぜほとんどすべての犯罪は、ああ易々とかぎ出されて、真相を暴露してしまうのだろう。・・・・最も主な原因は、犯罪を隠蔽する物質的な不可能性と言うよりも、むしろ犯罪者自身の中に含まれているのである。つまり、犯罪者自身がほとんど一人の例外もなく、犯罪の瞬間に意志と理性の喪失とも言うべき状態に陥って、そのかわりに、子供じみた異常な小心浅慮の虜となるからである。(79p)
・方尺の空間で生きる(「惨劇・・・石油王血族」に引用)(175p)
・あらゆる人間が「凡人」と「非凡人」に分かれる・・・(175p)
・「非凡人」は、ある種の障害を踏み越えることを、自分の良心に許す権利を持っている・・・と言って公の権利という訳じゃありませんがね・・・・ニュートンは、自分の発見を全人類に普及するため、その十人なり百人なりの人間を除く権利があるはずです。(290p)
・わたしが(容疑者を)あまり早くから未決へぶち込むと、それによって、私はその男に、いわば精神的な支柱を与えることになるかも知れませんから・・・(382p)
・僕はナポレオンになりたかった、そのために人を殺したんだ(471p)
・四つ辻にお立ちなさい。そして身をかがめて、先ず、あなたが汚した大地に接吻なさい。それから、世界中、四方八方へ頭を下げて、はっきり聞こえるような大きな声で「私は人を殺しました!」とおっしゃい。(477p)
・百の兎が集まったって、一匹の馬を作ることができんわけで、百の嫌疑も、結局一つの証拠にはなりません(514p)
・第一、もうとっくに空気を一変する必要があったんです。何、苦痛も言いもんですよ、お苦しみなさい(524p)
・ペテルブルグでは、歩きながら独り言を言う人が沢山あります。こりゃ半きちがいの町ですよ(533p)
・たとえば、主な目的さえよければ、一つぐらいの悪業は許されるべきだという、あれと同じ理屈なんですね。一つの悪業と百の善行!(563p)
・お母さん、たとえどんなことが起ころうとも、また僕のことでどんな話をお聞きになろうとも、また僕のことで人があなたに何を言っても、お母さんは今と同じように僕を愛して下さいますか?(590p)
・彼が恥じたのは、そり落とした頭でも、足かせでもなかった。彼の自負心が極度に傷つけられたせいである。彼が病気になったのも、この傷つけられた自負心のせいであった。(620p)
・彼は獄中の仲間を見て、彼らがだれも彼も人並みに人生を愛し、かつ尊重しているのに驚いた!全く彼の感じたところによると、彼らは獄中にいるときの方が、自由なときよりも遥かに人生を愛し、尊重しているのであった。(622p)
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