新潮文庫
主人公は金井堪君で、ドイツ帰りの哲学教師である。ある時人生のあらゆる出来事は皆性欲の発揮であるのではないか、それなら自分の性欲的生活の歴史を書いて見ようと考えたところから始まっている。
六つの時におかしな絵本に気づく、七つの時にじいさんから「坊様。あんたあお父さまとおっ母さまと夜何をするか知っておりんさるかあ。」ときかれる、十歳の時に勝という女の子の股ぐらをのぞく・・・・そんな経験談が語られ、学生時代に古賀、児島という悪友を得、最後には21才ドイツに行く前の年に自由新聞の記者に連れられて吉原を経験するまでが描かれている。
金井君というのはほとんど鴎外自身らしい。登場人物にもモデルがいるらしい。作者は私と同様?大分奥手だったようで、手淫もほとんどせず、実際の経験はそれまでない。ただそれは認めるとしても、現代的視点で見ると、まだまだ身を安全なところに置いてきれい事だけ書いているな、という気はする。
それでも明治42年に、この作品を書いた勇気はすごいし偉いと思う。哲学的な意味などというのはどうでも良いが、私もまた書きにくいが、自分の性を書かなければ己の本質にせまり得ない、と考えるからである。掲載された雑誌「昴」は、ポルノグラフィーと見られて、すぐに発禁処分になったという事である。
・性欲が絵画になったり、彫刻になったり、音楽になったり、小説脚本になったりすると言うことになる。・・・・人生のあらゆる出来事は皆性欲の発揮であると立てないのだろうと思った。(8p)
・自分の性欲的生活の歴史を考えて、金井君は問題の解決を得たように思った。(11p)
・僕はどんな芸術品でも、自己弁護でないものはないように思う。それは人生が自己弁護だからである。(82p)
・世間の人は性欲の虎を放し飼にして、どうかすると、その背にのって、滅亡の谷におちる。自分は性欲の虎を馴らしておさえている。(96p)
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