新潮文庫
内海文三は旧幕臣の子で、明治維新の折り静岡へ強制移住させられ、幼少期を過ごした。長じて東京に出て叔父一家の厄介になりながら、某学校の給費生になって、刻苦勉学に勉め、ようやく准判任官御用係りという官吏の最末端の職にありついた。しかし人員整理で突然首になり、悄然として叔父宅の二階の自室に戻る。家には叔父の妻で学はなく口うるさいお政と将来文三の嫁にしても良い位に考えているおきゃんなお伊勢の二人がいる。首になった、と白状するとお政の愚痴ること、ののしること、そして「課長さんに取り入らなかったのがいけない。」と縁でも切る風。本田昇は文三と同僚で昵懇、ところが今回は辞職どころか、逆に昇級してしまった。彼は同情するが、文三は面白くもない。
団子坂の菊見という話に、すねた文三をおいて出かけた本田と母娘は、課長とその妹を見かける。お伊勢が文三にその話をすると、お政は留める風で娘とつきあわせない風。本田が「二、三人復職させるらしい。課長に口を聞いてやろうか。」と助言するが、文三は馬鹿にされたような気がして怒ってしまう。お伊勢と本田とは酒を飲んでふざけあっているからますます文三は気に入らない。しかし同じ首になった山口と愚痴を言い合ったり、知人に頼んだりするが埒が明かない。
文三は本田に「侮辱をやめろ。お伊勢を取る気か」などと抗議するが、言いくるめられてしまう。しかもお伊勢は「私が本田さんをどう思おうと勝手でしょ。」と取り合わず、「課長さんにお願いした方が良いのではないですか。」そうしてさんざん怒鳴りあって出ていってしまった。
そのお伊勢をお政が仲裁して、説得に当たるがあまりうまく行ったとも思われない。本田は足繁くやってきていたが、お伊勢がつれない表情を見せたりで次第に足が遠のいてくる。そしてまた文三にすり寄って来るようでもあるが…。
復職できるのか、あるいは別の働き口を見つけるのか、お伊勢と結婚するのか、その辺は何ら解決されない形で終わっている。しかし人生なんて言うのは決して解決と言うことはなく、解決したと思えば次の問題が見えてくるのが常、そういう意味ではこの物語もこれで良いのかも知れない。
この作品は中村真一郎の「文章読本」に、明治になった始めて言文一致を試みた作品として掲載されていたので読む気になった。もっとも桶谷秀昭の解説にあるようにまだ口語脈を持った戯作調の文語体で、逆に今日の口語文が失った抑揚、メリハリと行ったものが感じられるし、漢籍からの引用も多い。それでも三編に別れ明治20から22年に出版され、数年後発表された樋口一葉の作品群などとは書き方に天と地ほどの違いがある。
プロットもさることながら、神経質で理論中心、如才なさのない文三、反対に明るく世渡りだけは得意そうな本田、根は優しいが、口うるさいお政、お嬢様でおきゃん、学校知識をひけらかし、まだ幼い感じのお勢などの人物描写がしっかりしており、加えて物語の中で各人物の悩む様子が丁寧に描写されているところが良い。
・ 千早振る神無月もはや跡二日の余波となツた二十八日の午後三時頃に、神田見附のうちより、塗渡る蟻、散る蜘蛛の子とうようよぞよぞよ湧出て来るのは、いずれもおとがいを気にし給う方々。(7p)