講談社文庫
(ぼくの手記)
戦争が終わって三年、ぼくこと吉岡努は神田で長島繁夫と共に下宿していた。「オナゴとゼニコが欲しい」毎日だった。韓国人の金さんのもとでエノケソ(エノケンではない)公演のビラを千葉まで行って配ったりするうち、古雑誌の文通欄で世田谷区の森田ミツを発見。交際を申し込み、二度目のデートの時に裏通りの連れ込み旅館で体を奪った。しかし何か惨めな気持ちになり、その後は会うこともなかった。
(手首のあざ)
森田ミツは、経堂の小さな石鹸工場で働いていた。吉岡と関係が出来てのぼせた。駅前で売られているスエータが欲しくて一生懸命働いた。しかしミツは、作業員の田口さんの奥さんが子供を抱えて困っているのを知ると、稼いだ千円をあげてしまうやさしさを持っていた。奇妙なことに彼女の手首に赤いあざがあった。
(ぼくの手記)
森田ミツのことは忘れていた。大学を出て日本橋の釘問屋に勤めた。(断じて、鶏口になろう)と考えた。社長のメイの三浦マリ子と親しくなった。彼女はかって森田ミツと一緒に働いていた事があるとしり、びっくりする。ぼくは、ソープ、パチンコ屋、いやらしい酒場とミツを訪ね歩き再会する。しかしミツは腕の腫れ物を見せ、精密検査に御殿場に行かねばならぬ、と泣き伏す。
(手首のあざ)
森田ミツは、客から薦められて腕の腫れ物を医者に見せた。不安感が広がる。そして最後に御殿場にあるハンセン病専門の復活病院で検査してもらえ、といわれた。絶望。加納たえ子という昔ピアノを弾いていた女の子と同室になった。次第に打ち解けてきた。何日間たった後、診断結果が出た。ハンセン病ではなかった。ミツは東京に戻ることになった。しかし御殿場まで来た時、孤独を感じ、再び病院に戻ってしまう。
(ぼくの手記)
ぼくと三浦マリ子は結婚した。しかし何か心にひっかかりぼくは賀状を書いた。しばらくして森田ミツではなく修道女のスール山形から封書が届いた。
「森田ミツはハンセン病でないことが判明したが、この病院で働いてくれるようになった。ところが彼女は患者達の生産した卵等を御殿場に運ぶ途中、交通事故にあい、他界した。最後の言葉は「さいなら、吉岡さん。」だった。」
(なんでもないじゃないか、誰だって…・男なら、することだから。俺だけじゃないさ。)
ぼくは、そう自分に言い聞かせながら手紙を長い間じっと見つめた。ぼくの得た小さい幸福を、今さらミツとの記憶のために、棄てようとは思わない。しかし寂しさはどこから来るのだろう。ぼくらの人生をたった一度でも横切る者は、そこに消すことの出来ぬ痕跡を残すということなのか。寂しさはその痕跡からくるのだろうか。
久しぶりに泣けた作品である。キリスト教的な考え方をベースにしながら、作者自身が考える本当の愛というのはどういうものか、を訴えようとした作品と思う。森田ミツは美人でもない、能力もない田舎での女の子に過ぎない。彼女は、世の中にもみくちゃにされながら、それでも吉岡の善意を疑わない、「困っている人を見ると助けずにはいられない。」心の優しさを失わない、そういう女性である。そして最後に修道女をして「もし神に私が一番、好きな人間はと聞かれたなら、私は即座にこう答えるでしょう。ミッちゃんのような人と。もし神が私に、どういう人間になりたいかと言われれば、私は即座に答えるでしょう。ミッちゃんのような人にと…。」と書かしめるのである。
この作品は「沈黙」に続いて読んだ。「沈黙」ではロドリゲスが最後に踏み絵をするか、それとも教義を守って殺されようとする農民教徒を見捨てるかの選択に悩まされる。そして結局は転ぶわけだが、そこにはエゴを棄てた愛の実践が感じられる。森田ミツの場合もそうである。エゴが介在しないから素晴らしいと思うのである。
・屋上から見渡す限り東京の街が広がって見え、黄昏の地平線のあたりは少し褐色に曇り、潤んだ赤い硝子玉のような夕日がちょうど、ゆっくりと沈もうとする頃だった。…・無数の家がそこにあり、無数の人間がそこに住んでいるが、それらの一人、一人の人間の間に、自分と同じような人生があるのだということを、急に僕はその時、感じたのだ。(94P)
・ 闇の向こう、林を隔てた病棟からかすかなうめき声が聞こえてくる。あれは重症患者が苦しんでいる声である。この病気が不治な以上、やがて自分達も五年のうち、七年のちにあの病室に入れられ、その激痛と戦わねばならぬ。運命はいつか必ず来るのである。そしてその後、病院の裏にある苔むした小さな墓地が皆を待っているだろう。(194P)
・ 苦しいのは体の事じゃなくってよ。苦しいのは…・誰からも、もう愛されぬことに耐えることなのよ。(201P)
・ だがマリ子と結婚したのはその「うまく泳ぐ」ためだけではなかった。もちろんそんな打算も交じっていたが、僕はマリ子を愛してなかったのではない。しかし、現代における愛情にはエゴイズムを、ぬきにして考えるのは不可能だ。エゴイズムと言う言葉が悪ければ、それは幸福になる欲望と、言ったっていい。ぼくが「うまく泳ぐ」ことは、とりもなおさずマリ子の将来の幸福のためである…・そう考えて、どうしていけないのだろう。(238P)
・ 私たちの信じている神は、誰よりも幼児のようになることを命じられました。単純に、素直に幸福を喜ぶこと、単純に素直に悲しみに泣くこと…・・そして単純に素直に愛の行為が出来る人、それを幼児のごときというのでしょう。(248P)
・ 一生かけて、一つのテーマの追求(258P 武田友寿解説)
・ 一貫して日本人であることとカトリック者であることとの矛盾感に発している。日本人としてその血を受け継ぎながら、果たしてカトリック者たることが出来るのか。カトリック者たることが日本人であることにどのように問題を投げかけるのか。遠藤氏の問題意識はいつもここに根づいている。(259P
武田友寿解説)
(1963)
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