講談社文庫
著者は、1991年の初めから、約2年半にわたってアメリカのニュージャージー州プリンストンに住み、その後2年間をマサチェーセッツ州ケンブリッジに住んだ。この書はそのうちのプリンストン時代のことを書いたものである。15ページ単位くらいのエッセイになっている。
あとがきによると、従来の「遠い太鼓」などの文章は第一印象、ないし第二印象程度のものによって成立していたが、第二印象から第三印象くらいの目で書くように考えた。と言うのは彼はアメリカと言う社会に一応「属して」生活しているのだから、何か新鮮なもの、目新しいものにぱっと飛びついてものを書くだけでなく、少し時間をかけていろんなことを考えてみたかったのだと言う。そのせいか考え込まれている感じがし、アメリカと言うもの、アメリカ人の考え方、日本との文明比較、自分の思いなどが読んでゆくうちに次第に読者の頭の中に入ってくるように感じられる。
表題のやがて哀しき外国語はその中のエッセイの一つ。これをあとがきに書かれた内容を拾いながら要約すると次のようになった。
「自分もスペイン語など英語以外の言葉に挑戦したがやがて仕事が忙しくなると尻切れトンボになった。動詞など覚えながら、僕は語学には向いていないのではないか、自分は意味のないことをしているのではないか、と感じ始め熱意がなくなった。人間はすべてはできない。まさに選択の問題だ。
英語は小説の翻訳などして10年になるが話すほうはやっぱりしんどい。会話をしていると2時間もたつと弛緩し、電池切れ状態になってしまう。ただ英語が流暢に話せてもコミュニケートできるとは限らない。逆に話せなくてもいくつか注意すれば意志を充分通じ合えることは留意すべきである。そこは自身を持ってよい。
ただ英語はどこまで行っても外国語だ。ただ何の因果か、私のように自分に自明性を持たない英語などという言語に囲まれているという、そういう状況自体にある種の哀しみを感じるのである。」
・ 僕はどちらかと言うと、字を書きながらものを考えていく人間である。文字に置き換えて、視覚的に思考するほうが楽なことが多い。(21p)
・ アメリカの大学における知的スノビズムなんて、それこそ階級社会の最後のあがきに過ぎないのかもしれない。(50p)
・ 長期的なリセッションに伴って都市が荒廃し、行政サービスが低下し、犯罪が多発するようになると、彼ら(エリート層)はだんだん都市を離れていくようになる。一番大きな理由は、都市がもはや子供たちを育てるのに相応しい場所ではなくなったということだ。(61-62p)
・ 「ムラカミくんの考え方はちょっとおかしいです。」・・・そういうことをいわれると「しょーがねえだろう。生まれつきおかしいんだから。でもそういうお前の顔だって相当おかしいぜ。」と開き直りたくなってくる。 (165p)
・ 文学と言うのは結局個人的な営みであり解析不能なものだと思って生きている人間なので・・・・ (263p)
・ 僕は決してマゾヒストではないけれど、たとえ弱者としてであれ、無能力者としてであれ、そういう風に虚飾や贅肉のないまったくの自分自身になることが出来る状況を持つと言うのは、ある意味では貴重なことではあるまいかとさえ感じている。(279p)