全「歴史教科書」を徹底検証する  三浦朱門


私が書店でこの本を読む気になったのは、今回の都議選に事よせて扶桑社の教科書採用反対を訴え「戦争を賛美する教科書の採用を許すな。」と一部過激グループが騒いでいたことに非常にいやなものを感じたからである。
幾つかの改訂があったと聞くが、認可された以上、教科書の採用は現場の裁量に任されるべきである。それを「戦争を賛美する教科書」と自分たちの考え方でレッテルづけし、採用を阻止しようとする動きは、まさに左翼ファッショと呼ぶべきで許されない。
この本は2006年度の中学校歴史教科書の、日本史部分について、各教科書がどのように記述しているかを、比較検証したものである。筆者はそれぞれ歴史観を持っていることだろうが、比較検証するという性質上明らかにされていない。
対象としているのは扶桑社、清水書院、帝国書院、東京書籍、教育出版、日本書籍新社、日本文教出版、大阪書籍の8社である。
私自体はどの教科書も読んでいるわけではない。ただし扶桑社については前回の教科書を購入して読んでいる。同社のものはその延長上にあると推測している。
比較の仕方は主として文部省の出している学習指導要領の考え方に合致しているかどうかという点にかかっている。
読者は以下の人物について知悉しているであろうか。
淺川巧、アテルイ、杉原千畝、シャクシャイン、安重根、大塚楠緒子、李参平・・・・・。
これらの多くは、扶桑社以外の教科書で1ページ以上の人物コラムで大きく取り上げ、詳しく解説されている。
扶桑社がこのレベルで扱っている人物は11人。以下に記すが常識的に考えていづれも知っておいて欲しい人物、ところが他社はずっと低いレベルで扱っている。
伊藤博文、織田信長、聖徳太子、昭和天皇、神武天皇、津田梅子、徳川家康、豊臣秀吉、二宮尊徳、源頼朝、紫式部
これだけで扶桑社をのぞく各歴史教科書には、いまだに70年代に隆盛を迎えた階級闘争史観の残滓がはっきり残っているといえるではないか。
各項目について述べる余裕はないが、一例を日本国憲法についてあげる。この憲法が、日本に主権がなかった時代に、占領軍が強制して制定されたという事実は、これからそのありようを考える上で非常に重要な視点であると思う。ところが多くは占領軍に強制された事実をぼかしつつ、その内容を礼賛する書き方をとっている。
教科書の考え方や方針が「まえがき」「あとがき」に現れることは当然予想される。これについてこの本ではまとめの項で取り扱っている。
ところが扶桑社以外のいくつかの教科書には「部落差別解消の礎として・・・」だの「外国人労働者への差別や偏見をなくし・・・」だの、ある目的で書かれているとしか考えようのない語句が並ぶ。
歴史の見方は百人百様で、どう考えようと自由である。しかし私は「学校で教える歴史を通じて、先人の努力を知らせ日本の今までを理解させて欲しい。これからの日本を考える力をつけさせて欲しい。同時に日本人としての誇りを満たせて欲しい。その延長上に人類、あるいは世界の平和を愛して欲しい。」と感じる。
その意味で編著者が冒頭で述べる以下のセンテンスに共鳴する。
「私が何より憎むのは、自分のイデオロギーや世界観を子どもたちにたたきこむために、歴史教科書を利用することだ。」

051012