新潮文庫
「親譲りの無鉄砲で小供のときから損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かしたことがある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りることはできまい。弱虫やーい。と囃したからである。」
素晴らしい出だしで、坊ちゃんの人物像を実にうまく表現している。そして作品は最初の一割近くを坊ちゃんの人物像、松山に中学校教師として赴任することになったいきさつをいきいきと描いている。父母に暴れん暴と嫌われ、兄とも会わなかった。ただ女中の清だけは自分のことを可愛がってくれた。中学校を出る頃、両親がなくなり、兄は家を処分して自分に600円くれ、そのまま九州に行ってしまった。もらった金で、3年間、専門学校で学んだ。そして四国の田舎(松山)の中学で数学を教えることになった。
二で新任挨拶、清への手紙などで主要登場人物を紹介している。校長は狸(薄髭のある、色の黒い、目の大きな狸のような男。やにもったいぶっている)、教頭は赤シャツ(文学士、赤は体に良いから赤シャツを着ているなど馬鹿にしている。)、英語の教師はうらなり(古賀)、数学は山嵐(堀田、毬栗坊主で叡山の悪僧という面構え)、画学はのだいこ(吉川、芸人風で江戸っ子と言っている。)人物像をここで明快に作り出している。
三、四は天婦羅を食ったことをからかわれた、宿直で布団の中にバッタを入れられた、床板を踏み荒されうるさくされたなど生徒のいたずらの話し。五は赤シャツに誘われて釣りに行った話しだが、山嵐が悪者らしい話しを聞き及ぶ。六では「山嵐が悪い。」と信じた坊っちゃんが氷水代を無理に返す話し、下宿を出る話し、職員会議でバッタ事件等についての処分の話しなどである。職員会議で坊ちゃんは山嵐が自分の意見を指示してくれて見直す。この辺は坊ちゃんの考えがぽんぽんぽんぽん短いセンテンスで書かれ、実に面白い。あるページで数えてみたら一文の平均字数は十七字だった。七は新しい下宿のおばさんから遠藤家の娘(マドンナ)がうらなりと結婚する予定だったが、赤シャツが横取りしようとしていると聞き義憤を感じる。八では赤シャツからうらなりが本人の希望で九州に転任になるから、君の給料を揚げてやれるかもしれないと聞かされる。しかし、下宿のおばさんから実は赤シャツ等のさしがねで追い出されるのだ、という話を聞き、昇給を強引に辞退する。九はうらなりの送別会で赤シャツやのだいこが偽善に満ちた挨拶を送るが、山嵐と意気投合し、あいつらをなぐってやろうと語り合う。
最後の二章は結論編。日露戦争祝勝会、その流れで地元の踊りを赤シャツの息子に誘われて見物に行った際、わが中学と師範学校の生徒が大喧嘩、山嵐と仲に入ったが止められるものでなく散々に殴られてしまった。ところが翌日の新聞で山嵐と坊っちゃんの責任のような書きぶり、そしてしばらくすると山嵐は辞表をだせ、と言われたと言う。どうやら赤シャツの陰謀と気づいた。これは許しておけない。二人で旅館の一室にはりこんだ八日目の夜遅く赤シャツがのだいこと芸者小屋にはいるところを目撃した。出てきたところを待ち伏せ、袂にあった卵をぶつけ、ポカリ、ポカリと殴り付けてやった。辞表は郵送で送り、坊ちゃんは清のいる東京へ戻ることになった。
一本気な坊ちゃんの性格が実によく描かれているし、清さんのやさしさも貴重である。しかし坊ちゃんと山嵐の蛮勇は所詮はごまめの歯ぎしり。歯ぎしりの動機も今一歩論理的でないところもあるが日本人の心には訴えるものを持つ。敗者として坊ちゃんは庶民の心を代弁しているようで気持ちが良い。
・人間は竹の様に真直でなくっちゃ頼もしくない。真直なものは喧嘩をしても心持がいい。(82p)
・漱石はこのようにして、いわば江戸の武家文化と町人文化との接点を形成する階層に生まれ育ち、その感受性と倫理観を血肉の中に継承していた。(143p解説 江藤淳)
・なおそこには「善」と「美」を、あるいは「風雅」や「諧謔」を求めようとする読者一般の欲求が存在することを否定することは出来ない。(145p解説 江藤淳)
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