大地の子 山崎 豊子
関東軍に置き去りにされた満州開拓団、その多くは突如侵入してきたロシア軍に殺された。
祖父、母、生まれたばかりの妹が死んだにもかかわらず、7歳になる信州出身の松本勝明と妹あつ子はかろうじて生き延びる。
勝明は丁親子に畜馬のように使われ、病気になって奴隷市にだされるが、良心的な教員陸徳志に救われ、陸一心となづけられる。
陸徳志一家も楽ではなく、国民軍と八路軍の争いのさなかには一家は餓死寸前まで追いつめられた。
しかしそこを切り抜けると光明がさし、一心は陸夫婦に大切にされ、ついに大連工業大学をた後、北京鋼鉄公司で工程師として働くようになる。
しかし1966年、文化大革命により、ぬれぎぬを着せられ、寧夏の労働改造所送りとなる。
羊飼をしたり、ダムの土運びをする囚人としての苦労が始まる。
黄書海という老人から日本語を習う。父陸徳志の懸命の無罪訴えにより、4人組が失脚した頃、ようやく解放され、ふたたび北京鋼鉄公司につとめることとなった。
やがて妻が出来、子ができた。
おりから日中国交回復が成立し、中国は近代化の道を歩むことになり、その出発点として上海北東に大規模な宝華製鋼所を、日本からの技術導入により作ることとなった。
一心は経験と日本語の能力を買われて働くようになった。
このとき日本側の窓口は北京支店長松本耕一だった。探していたあつ子と死ぬわずか前に再会する事が出来たが、このとき偶然に一心は耕一が一心の実の父であることを知る。
宝華製鋼所の建設は難航を極めた。価格はたたかれ、即金払いは延べ払いにさせられ、工事がが始まれば、日本人と中国人の互いの不信感が激突した。
そして決定的だったのこの問題が登平化と夏国峰首相の政争の具と化してしまったことだ。
工事は一時的には中止にさえ追い込まれた。一方松本との親子関係が発覚した一心はスパイの嫌疑をかけられ、ついに僻地内蒙古の大包製鋼所におわれてしまった。
2年後、大連工業大学時代の女友達丹青の告発により、無罪となった一心は復職する。
そして当初2年で完成の予定だった宝華製鋼所は7年の後、完成の運びとなった。
三峡下りの中、父の日本へ戻らないか、の誘いかけを断って一心は「私は大地の子だ。」とつぶやく。
残留孤児の物語であるが日本と中国の戦後の関係を知る上で非常に有益な一冊であるように思った。
文学作品としても一つの流れの中に個人個人が捕らえられており、優れている。
技術指導、品質検査の考え方の違いなども面白く、参考になる。
ただこの書は日本の資料にやや偏りすぎた記述があるようにも見られ、
この作品を中国人が読んだらどのように感じるだろうかとの興味も同時に湧いた。