彼岸過迄           夏目 漱石

新潮文庫

大学を出て就職先の決まらない敬太郎は、同じアパートで学問はないが世間を良く知っている森本と懇意になるが、彼は夜逃げしてしまう。
占いに示唆されたとおり残された蛇が何かを飲み込む図を頭に持つステッキをお守りに、友人で裕福な須永の叔父松本に紹介され、探偵業のまねごとをし、認められる。
須永は、優しい母と子の二人暮らし、従姉妹の千代子とは子供の頃から親しかった。
しかも、須永が生まれたとき、母が田口に将来千代子と結婚させる事を頼んでいた事が明らかになる。
しかし須永は行動力のない内向的で、自分が彼女の欲望に耐えられないと考えたり、それでいて高木なる男が現れると激しく嫉妬し、あらぬ事にまで疑いを持つ。
そうした須永を純粋な感情を持ち恐れるところなく行動する千代子は非難し、軽蔑し、自分を拒絶していると考える。
二人はやがて決定的な対立を迎える。
最後は松本の告白で須永は実子でなかったことがなかったことが分かる。
そうした話を松本から打ち明けられた須永はなぜ母が極端に彼に優しく、また千代子との結婚にこだわったかを知り、自立の旅にでる。
敬太郎の冒険は物語に始まって物語に終わった。彼は何も演じない門外漢に似ていた。
彼は大きな空を仰いで、この劇がこれから先どう永久に流転して行くだろうかを考えた。

面白いのは、この小説が、どの話も終わりになっていない点である。敬太郎の青年期にあわせて、その目を通し眺めた世の中の一断面を描き出しているに過ぎない様に見える。しかしそれがまた漱石の考え方でもあるようで、個々の短編を重ねた末に長編を作り上げる手法、をこの小説で試みた物のようである。

・「彼岸過迄」というのは元日から初めて、彼岸過迄書く予定だから単にそう名づけたまでに 過ぎない実は空しい見出しである。かねてから自分は個々の短編を重ねた末に、その個々の短編が相合して一長編を構成するように仕組んだら、新聞小説として存外面白く読まれはしないだろうかという意見を持していた。
・母は昔堅気の教育を受けた婦人の常として、家名を揚げるのを子たるものの第一の務だというような考えを・・・・(195p)
・僕は自分と千代子を比較するごとに、必ず恐れない女と恐れる男という言葉を繰り返したくなる。(214p)
・彼(須永)は社会を考える種に使うけれども、僕は社会の考えに此方から乗り移って行くだけである。(278p)