奉教人の死          芥川 龍之助

新潮文庫

芥川は切支丹物と呼ばれるシリーズがある。おそらく殉教者の苦しみや、異質な東西文化の出会いに興味を覚えたのだろう。これはそのシリーズ。

煙草と悪魔
悪魔は宣教師と一緒にやってきて煙草を普及させようと考えた。煙草を栽培し、待っていると牛商人が通りかかる。三日以内に植物の名を当てたら、みんなこれをやるとの賭に牛商人は乗ったが・・・・。

奉教人の死 
長崎にあらわれた少年「ろおれんそ」は熱心な信仰の故に大切にされるが、傘張の娘と親しい、それに孕ませたと追放される。猛火で傘張の娘とその子は逃げ遅れる。「ろおれんそ」が駆けつけ、救うが、自身は死んでしまう。しかし、焼けた着物の下から覗く乳房、「ろおれんそ」は女であった。

神々の微笑
パードレ・オルガンチーノと日本の霊の対話。オルガンチーノは「デウスは絶対だ。」と説き、 霊は「孔子も孟子も荘子も釈迦もこの国に吸い込まれて言った。デウスも同じ運命かもしれません、と警告する。

報恩記
大泥棒、阿馬港甚内は雲水に身を変えて北条屋に乗り込むが、彼等夫婦の窮乏に同情し、3日後に大金を持ってくる。それを知ったドラ息子の弥三郎は恩を返そうと甚内を訪ねるが断られる。そこで甚内になりすまし、捕らえられ、獄門にかかってみせる。

おぎん
父母が死に、じょあん孫七に養女にだされたおぎんは熱心なクリスチャン。しかし親子共々捕らえられ、キリスト教を捨てなければ火あぶりになる。おぎんは「父母は地獄で苦しんでいる、私だけ極楽に行きたくはない。」とあっさり捨てる。孫七の妻は「でうすを信じるためではない。あなたが死ぬから私も死ぬのだ。」ついに夫婦も捨てる。

おしの
夫の病を治してもらいに宣教師の所におしのが行くと、宣教師は説教。聞いておしのが十字架くらいで騒ぐ臆病者とは知らなかった。そんな奴に直せるわけがない。」と立ち去る。

糸女覚え書
細川ガラシャ夫人に仕え、最後を看取った夫人の手記と言う形を取っている。美人でない、イソップ物語をしつこく聞かせるなどガラシャ夫人に関するユーモアあふれる文章と、若衆に頬をそめる夫人など人間の本質に迫った記述が面白い。