河童・ある阿呆の一生     芥川 龍之介

新潮文庫

芥川が自分の経験をもとに創作したらしい短編を集めている。

大導寺信輔の一生
芥川の生い立ち、学生時代の生活を記したもので、注に従えば「この小説はもうこの34倍続けるつもりである。」とあり、未完の作品である。恵まれぬ境涯にそだち、一人書物を愛し、友達と交わることの少なかった孤独な青年像が良く描けている。

玄鶴山房
印鑑か何かに関する特許で一時は羽振りが良かった玄鶴は、肺炎で、ビジネスライクな看護婦甲野の世話になりながら生きている。妻のお鳥は腰が立たぬ。気弱な娘婿の重太郎、妻お鈴、その子の武男は彼等をさけるようにひっそりと暮らしている。そこに玄鶴の元の愛人でわずかばかりの養育費を送られて生きているお芳とその子文太郎が転げ込む。物語はそういうやりきれない中での玄鶴の死までの生活を、冷たく突き放して描く。

河童
ある精神病院の患者の告白と言う形をとって、河童の世界にまぎれこんだ男の体験を描く。そこには人間社会に対する痛烈な皮肉が込められている。

或る阿呆の一生
芥川の一生を振り返り、その心証情景として心に浮かぶものをつづったものである。ただし、各節の真意はあまりに詩的すぎてわかりにくく、彼が何に絶望し、あるいは何に行き詰まりを感じたのかははっきりしない。
・彼は「或る阿呆の一生」を書き上げた後、偶然或古道具屋の店に剥製の白鳥のあるのを見つけた。それは頸をあげて立っていたものの、黄ばんだ羽根さえ虫に喰われていた。彼は、彼の一生を思い、涙や冷笑のこみ上げるのを感じた。彼の前にあるものは唯発狂か自殺だけだった。彼は日の暮の往来をたった一人歩きながら、徐ろに彼を滅しに来る運命を待つことに決心した。(169p)

歯車
これもまた数日の地獄に苦しむ自殺直前の芥川の心象風景をつづったもの。 筋のない小説を目指したとのことである。