新潮文庫
女性問題で失敗したあるインテリの男が、ポン引きに誘われて銅鉱山の坑夫になろうとする。
電車に乗せられ、知らない街に降り立ち、二日掛けて山に行き、途中でひっかけられた二人と共に鉱山に放り込まれる。
さんざん山の男に馬鹿にされるが、彼は決心を変えない。当時の山は、坑道からシキという細い道に延々と入り込み、銅鉱のあるところに居を構え、カンテラの光を頼りに、掘るというものである。
初さんという男に連れられてシキにはじめて入った男は、最後に置いてきぼりにされ迷うが、安さんに救われる。彼はインテリでしきりに山をおりろとすすめるが、それでもあきらめない彼は結局書記として山に5ヶ月生活することとなった。
この話は実は持ち込まれた経験談をもとに漱石が新聞小説として纏めた物らしく、漱石の作品の中では異色の物である。
一種のルポルタージュと云うところだろうか。
全体暗い調子で、面白いとは言えないが、その時々の主人公の気持ちが伝えられ、読者自身が茶の間で坑夫になろうとする男の疑似体験を出来るところが魅力である。
・よく小説家がこんな性格を書くの、あんな性格をこしらえるのと云って得意がっている・・・・本当のことを云うと性格なんて纏まったものはありやしない。本当のことが小説家などにかけるものじゃないし、書いたって、小説になる気づかいはあるまい。ほんとうの人間は妙に纏めにくいものだ。(11p)
・その盲動に立ち至るまでの経過は、落ち着いた今日の頭脳の批判を待たなければとても分からないものだ。・・・俗人はその時その場合に書いた経験が一番正しいと思うが、大間違いである。・・・・自分の鉱山行などもその時そのままの心持ちを日記にでも書いて置いたら、定めし乳臭い、気取った、偽りの多い物ができあがったろう。(43p)
・人間の性格は一時間ごとに変わっている。変わるのが当然で、変わる内には矛盾がでて来る筈だから、つまり人間の性格には矛盾が多いと云う意味になる。矛盾だらけの仕舞は、性格が合ってもなくっても同じことに帰着する。(79p)
・「坑夫」そのものが・・・・、纏まりのつかない事実を事実のままに記すだけである。
・・・・小説よりも無法則である。(94p)