こころ     夏目 漱石

新潮文庫

 私が出合った先生はなにかしら自分の殻にとじこもり、寂しい人に見えた。心を広げて暖かく接しようとする奥さんにも背を向けたままだ。私は父が危篤に陥ったため、故郷に帰るがそこに先生からの分厚い手紙が届く。
 後半は先生の告白の形を取っている。先生は学生時代ある未亡人と娘の家に下宿をし、娘に惹かれたが、結婚申し込みを躊躇していた。そこに故郷を追われた親友のKが転がり込んだ。彼は当時学問一筋で神経衰弱気味であったので、なるべく家人と接触させ、元気づけるようにした。Kは回復してきたが、娘に恋していることを先生に告白した。
 娘が惜しくなった先生は、未亡人に申し出て結婚の約束を取り付けてしまう。その結果Kは自殺した。先生はその娘と結婚したが良心の呵責に攻められ、妻に云う気にもならない。そしてついに自殺を決心したのだった。

 私は若い頃この作品を読んだのを覚えている。その記憶では友人を裏切って恋人を獲得した男が良心の呵責に攻められて自殺した話し、くらいにしか覚えていないが、今読み返してみると、 与えようとしても受け入れてもらえない奥さんの困惑がよく描かれている点にも魅力を感じる。同時にこの作品は漱石作品にしてはめずらしく構成のはっきりした作品と感じる。先生のさびしい理由が後半の告白によって解き明かされる書き方は推理小説のようにさえ感じられた。

・恋は罪悪なんだから・・・(36p)
・平生はみんな善人なんです。・・・・それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです(72p)
・私の過去は私だけの経験だから、私だけの所有と云って差し支えないでしょう。(142p)
・本当の愛は宗教心とそう違ったものでないと云う事を固く信じているのです。(170p)

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