新潮文庫
「梅田の停車場を下りるや否や自分は母から言いつけられた通り、すぐ俥を雇って岡田の家に駆けさせた。」
平凡な出だしだが、この作品が自分(二郎)の手記あるいは告白という形で書かれることを告げている。またこの作品は大正元年から二年にかけて朝日新聞に連載されたが、このころ既に東京大阪間の鉄道は開通し、人力車が当たり前だった。
<友達>
自分は大阪で友人三沢と大阪で落ち合い高野山に登ろうとでかけ、元書生で今は少しゆとりのある岡田の家に行く。ところが遅れてきた三沢は病で入院してしまった。しばらく滞在して自分は三沢を訪問したが魂胆があった。美人の看護婦と患者の一人の女が気になって仕方がなかった。しかし三沢から、彼との結婚を約束しながら、親の薦めで金持ちの男に嫁がされ、あげく死んでいった女の話を聞かされ、あの患者がそれに似ており気になっている、退院に際して金をやりたいから貸してくれ、と言われて愕然とする。
<兄>
東京から母、兄夫婦がやってきて岡田と共に和歌の浦にいった。ところが兄は学問一筋で、我を捨てることが出来ず、兄嫁の直を愛しながら信用できない様子で、自分との仲まで疑っている様子。あまつさえ直をつれて和歌山に行ってほしいと強引に頼まれてしまった。ところが和歌山で暴風、自分と姉は電気の点いたり消えたりする旅館で一晩すごすことになった。何も起りようもなく、「兄に少しは優しくしてやってほしい。」と頼むものの適当にあしらわれてしまった感じだ。女の気持は本当に分からない。
<帰ってから>
自分は母、兄夫婦と東京に戻るがどうして兄の機嫌を直したものかなど悩む。自宅には父母、兄夫婦、その娘芳江、自分、妹のお重、下女のお貞が住んでいる。お貞は自分の関西訪問で佐野という男との結婚が決まり、その準備に余念がない。兄は兄嫁を自分が観察した報告をせよと迫る。報告はしたが兄の満足の行くものではなく自分と兄の関係は冷たくなった。一方お重は兄嫁との折れ合いが悪い。その上「早く結婚しろ。」と周囲に攻められてふさいでいる。兄は書斎に引きこもりがちで兄嫁と仲も悪くなっているようだ。芳江一人が明るいものの一家は全体くらい。お貞が結婚して家を去り寂しくなった。自分は母親から「早く身を固めたら」など言われてついに家を出た。
<塵労>
嫂が私を訪ねてきて最近兄の様子がおかしいと告げる。父に呼ばれて久々に実家に行くと兄は最近家の他のものともろくに口を聞かないと言う。三沢と相談して様子を探ってもらうよう兄の友人Hに兄を旅行に誘ってもらうよう働きかけた。
そして二人は伊豆方面に旅行に出た。Hからその観察記録が届いた。どうも兄は急速な時代の流れに対して、何かしなければならないと考えながら、目的にあった行動がとれない、そんな自己矛盾に悩んでいるようだ。
明治の漠とした知識人の不安と原因を追究した作品と云うことが出来るのだろうか。「人間の不安は科学の発展から来る。進んで止まる所を知らない科学は、かって我々に止まることを許してくれたことがない。徒歩から俥、馬車から汽車、汽車から自動車、それから航空船、それから飛行機と、どこまで行っても休ませてくれない。何処までつれていかれるか分からない。実に恐ろしい。」(343P)
要約は最後のHの手紙にあると思われるのだが、「門」にも公案としてあった父母未生以前本来の面目、絶対の境地などはどう解釈したら良いのか、つかみにくく、ちょっと難しかった。
・自分は暗い中を走る汽車の響きのうちに自分の下にいる嫂をどうしても忘れることが出来なかった。彼女のことを考えると愉快であった。同時に不愉快であった。何だか柔らかい青大将に身体を絡まれるような心持ちもした。(182P)
・謡曲「景清」(206p)
・兄さんの苦しむのは、兄さんが何をどうしても、それが目的にならないばかりでなく、方便にもならないと思うからです。ただ不安なのです。従ってじっとしていられないのです。(342p)
・歩こうと思う心と、歩く力とは、果たしてどこから不意に湧いてでるのか。(347p)
・孤独なるものよ、汝は我が住居なり。(ニーチェ、353p)
・約束通り自分は山を呼び寄せた。然し山の方は来たくないようである。山が来てくれない以上は、自分が行くより外に仕方があるまい。(360p)
・僕は明らかに絶対の境地を認めている。然し僕の世界観が明らかになればなるほど、絶対は僕と離れてしまう。(372p)
・兄さんがいわゆる物を所有するという言葉は、畢竟物に所有されると云う意味ではありませんか。
だから絶対に物から所有されること、即ち絶対に物を所有することになるのだと思います。神を信じない兄さんは、そこに至って始めて世の中に落ち着けるのでしょう。(379p)
・ 善も投げ悪も投げ、父母の生まれない先の姿も投げ、 一切を放下しつくしてしまったのです。(383p)
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