早川書房 ONCE UPON A MIDLIFE 羽田 詩津子 訳
童話に例をとって中年の生き方に啓示を与えている。現実への回帰、男性と女性の行動形態の逆転、死と生殖性の獲得、実際に則した知恵などがテーマになっており、非常に興味ある著作である。ただ物語が面白い割に、その後の解説が時として散漫になったり、我田引水のこじつけに感じられるところがある。以下に取り上げられている童話のポイントを記する。
1 身を固める
(1)魔法の喪失
こびとと靴屋(グリム童話より) 貧しい靴屋にはもうたった一枚の皮しか残っていなかった。ところがそれを切っておいておいたところ、翌朝には完成品に変わっていた。次の日もまた変わった。そこで、夜、物陰に隠れて見ていると、なんとこびとがせっせと作ってくれているではないか。そこで靴屋夫婦は、クリスマスの日に、感謝の気持ちを込めて、こびと用の服を縫い置いておいた。こびとたちは大変喜んだが、それを機に消えてしまった。しかし靴屋は実際的だったので仕事を再開、こびとに負けないくらい立派な靴を作るようになり、幸せに暮らした。
この話は、青春時代に意識や知識が発達し魔法を喪失すること及び中年期における労働の役割が語られている。日本の「鶴女房」などが魔法の喪失の悲劇的な面を強調しているのと対照的である。
(2)中年の若々しい理想
魔法の財布(韓国)木こりは、切ってきた薪を盗む老賢者を発見してなじったところ、老賢者は一日に毎日銀貨が1枚出てくる財布をくれた。それがだんだんたまり、木こり夫婦は家を作ることにした。しかし中途でもう少し沢山の銀貨を得ようとしたところ、すべてがなくなってしまった。しかし彼らは実際的な人間だったので木を切る仕事を再開し。一日銅貨を1枚づつ稼ぐようになった。そして二人にはそれで十分だった。
小さなあやまちで銀貨の出る財布という魔法を喪失するが、実際的な考え方に戻り、昔考えていた理想とは、このような問題だったと認識している。
(3)魔法の秘蔵
漁師と人魚(ウエールズ) 人魚と結婚した漁師は、5組の双子をさずかった。人魚の魔法で一家は裕福だったが、夫婦で子ども達を召使いに任せ、遊んでばかりいた。ある時息子の一人がお母さんが人魚と知って絶望し死んでしまった。一年後、漁師は旅先から戻ったが、翌日死んでしまった。人魚は漁師の葬式にやってきたものの、ひどく打ちひしがれ海に戻っていってしまった。しかし生き残った、子たちは人魚の残してくれた財産で優雅な暮らしをする。
この場合、夫婦は魔法を喪失しなかったが、結果として家庭を発展させるという創造的役割を担うことに失敗した。珍しく子ども達に力点が置かれている。
* 中年では、責任ある生殖性が個人的な満足にとってかわる(40p)
2* 逆転
(4)役割の逆転
がんこな夫、がんこな妻(ペルシャ) 子牛の世話を見る、見ないで喧嘩をした夫婦が口を聞いたら負けと決める。夫の元に乞食、巡回床屋、老女、泥棒が表れる。夫は口を聞いてはいけないと思うから何もしない。すると彼らは食い尽くし、髭を剃り、男の顔に化粧を施し、財産を奪って逃げる。戻ってきた妻はさんざんに夫をこき下ろし、泥棒を追いかけ、色仕掛けで泥棒を騙し財を取り戻す。
しかし妻は夫の元に戻り、それぞれの役割も元に戻る。
中年になると時として時として男は女性的な物の価値を認め、女は男性的になろうと考える。そして時には役割が逆転する。
(5)中年の女達の解放
王様になった妻(中国のウイグル文化に伝わる話より) ある男の妻の刺繍を買った王様は横恋慕、もちろん妻は拒絶する。王様は強引に妻を王宮に拉致。しかし夫が持ち込んだ針や糸で美しい刺繍を編み、それを売って王宮を脱出する。隣の国に行こうとすると、禿頭の男に言い寄られたり、四人の狩り人に出会ったり、あるいはギャンブラーにであったりで散々苦労する。ところが男装をして、隣国につくとちょうど王様が亡くなったところだった。なんと幸運の鳥が妻にとまり、妻は王様になってしまった。やがてあの王様、狩り人、ギャンブラー等が訪ねてくるとみんな家来に命じて牢屋に入れさせた。最後に亭主が訪ねてきた。妻は亭主と国民に訳を話し、改めて結婚、王位を継いで幸せに暮らした。
中年段階では男性的なものと女性的な者の調和が大切である。この作品では妻は社会的迫害を跳ね返して、男性的な力を得る。しかし、彼女はあくまで女としてのアイデンテイテイを失わず、公平、平等、愛によって夫と結びついている。
(6)十字路
リュート弾き(ロシア) 野蛮な王に戦争を仕掛けて捕らえられた王様を救いに、女王様はリュート弾きになって、隣の国の王宮へ救いに行く。リュートの美しい音色に魅せられた野蛮な王は彼女に演奏させ、その希望通り奴隷として働いている王様を与える。自国に戻って、二人は無事を祝う。
女王の成功は、男性と女性にまつわる伝統的概念の牢獄から王を解放することでもあった。夫の強情さとプライドのせいで、妻は夫の元を去り自分の積極的な一面を開発することになる。かたや夫は馬鹿げたプライドを捨て、結婚の大切さを認識するようになる。
・ほとんどの文化では女性らしさは月経、多産、育児とほぼ同一視されている。更年期はこの伝統的アイデンテテイに終止符をうつものだ。(上113p)
* 男性と女性のパターンが生得的だと考えることはできない、中年で全員が役割逆転をするわけではない(上122p)
3 共通の危機
(7)中年での死
死すべき運命の王様(中国) 「まったく、死は残酷だ!」「永遠に生きられたらいいのに」と言う王様に、一人の貴族が笑い声を上げた。問いただす王様に「いいですか、そうなると、歴史上の英雄が、いまだにわれわれのあいだで暮らしていることになります。そんあことになったら、われわれは農民が関の山、あなたはさしずめ田舎の事務員にすぎないのですぞ。」
個人が自己中心的な関心にとらわれている限り、死は災厄でしかありえない。なぜなら死は自我を抹殺してしまうからだ。中年期の課題として生殖性を獲得しなければならないことは、きわめて皮肉である。
* 生殖性の獲得(上134p)
(8)死と心の旅
死にたくなかった男(日本) 億万長者の男は、「わたしはどうしても死にたくないんです。」と如来に頼んだ。根負けした如来は紙の鶴を渡した。男はそれに乗り、不老不死の国にゆく。しかし数年するとあきてきて故郷に帰りたくなった。あの鶴に乗って戻ろうとしたが嵐に襲われ、鶴は海におち、溺れそうになった。「助けて!死にたくない!」如来が現われ「お前には忍耐強さも信念もない。不老不死と不滅の秘密は、おまえには授けられない。お前は自分の運命に満足しなさい。」と諭し、家庭にもどす。やっと覚った男は、もとにもどり安穏な生活を送るようになる。
如来は億万長者にお自分だけの不老不死を求める変わりに、子供たちを養い、隣人を助けよ、と言っているのである。
* ユングは夢は意識下の思考の限界を補い、抑圧または否定されている問題を提起する・・・・フロイトの主張では夢は禁断の欲望を隠しているもので・・・(上153p)
(9)運命と中年
運命(ダルマチア)あくせく働く兄とのんびりの弟は分かれたが、兄は困窮、弟は裕福。森の婆さんに聞くと、山の頂上に運命の神が住むという。言われた通りしばらく一緒に運命の神と無言で過ごすと、まったく偶然に人の運命が決められていることに気付く。裕福になる方法を聞くと運命の神は「裕福になるように生まれついた弟のところのミリザという女性と結婚しなさい。」兄は戻って彼女と結婚、以後は運に恵まれ裕福になった。
中年になると運命を受け入れることが必要になる。運命や幸運の力を受け入れることは、悲劇的な世界展望をもたらすことになる。悲劇とは不幸な結末を意味するのではなく、人生を形作っている制御出来ない力を認識することだ。
(10)知恵と幸運
運命よりも強くなりたかった王様(インド)王様が生まれた赤ん坊の運命を聞くと、隣の国の奴隷の夫になるという。奴隷の母を殺すが、子は放置しておいた。何年か経って王様はヌーア・モハメドなる男を雇うが、彼があの奴隷の子と聞いてびっくり。なんとか殺そうとするが、モハメドはしばしば王を救い、功績を上げたので思う通りにならない。とうとうある領主のもとに「この使者はただちに殺せ!」の手紙をもたせて赴かせるが、お姫様がそれを発見、手紙を入れ替えてしまう。そして二人は結婚。そうなった二人を見て、王様はやっと運命に気付き受け入れることになった。
普通父親は、息子に誇りと愛情を抱いているが、同時に嫉妬と敵愾心を持っている。このエデイプス的葛藤は中年で最も激しくなる。これを超越せず生殖性を獲得できない人々は、自分自身の苦い怒りによって破滅する。
4 和解と再生
(11)実際的な知恵
賢い答え(ロシア) 年老いた兵士が王様に会いに行くと王様の質問。「私はハンサムかな。」「はい、まちがいなくハンサムです。」「この世と天国の距離は?」「「むこうで大きな音を立てれば聞こえるぐらいの距離。」「この世は土のぐらい大きい?」「太陽はあちらからのぼります。そして、むこうに沈みます。それがこの世の大きさです。」「この世の深さはどのくらい?」「じいさんが亡くなって、地面に埋葬しました。まだ戻ってこないからそれがこの世の深さ。」牢屋に入れられるが、商人たちが同じ質問にこたえられずに入れられてくる。兵士は答えを教えてやって、礼をとる。それを知った王様は兵士の知恵の感心し「お前の家までどのくらいの距離かな?」「家は見えません。かなり遠くに違いありません。」王様は金をやって兵士を家に帰した。
中年になると巧みな比喩を使うようになり、抽象的な答えをするにしても個人的な連想を加えた実際的なものを出すようになってくる。
・中年の成人の場合同じ抽象的な答えを口にするにしても、もっと実際的、個人的連想を付け加える。(下53p)
* 女性の思考の変化・・・沈黙・・与えられた知識の重視・・精神的な経験の重視・・主観的な真実を、他の人々の真実と調和させる。
(12)悪の挑戦
ソロモンの忠告(イタリア) ソロモンのもとで二十年働いた男が、礼金と引き替えに得た忠告は三つだった。「新しい道のために、古い道をすててはならない」「他人のことに口をだしてはならない」「怒りを爆発させるのは翌日まで待て」商人の一行にであったり、荒野に建つ小屋で陰気な男に夕食を振る舞われたり、家に戻ると妻が若い男と抱き合っていたりするのを目撃する。しかしその都度ソロモンの忠告を思い出したおかげで、命を落とさずにすんだ。
この三つの忠告は中年の生き方に良く対応している。最初のものは本来の道からあまりにもはずれることへの警告である。第二のものは悪を目の前にしてひるみも逃げもせず、同時に「他人のことに口をはさむな。」の教えに従っている。第三のものは早計をいさめている。
・ 若者は自分の内なる悪をあざやかに回避する。(下66p)
(13)洞察とユーモア
告げ口棒(日本) きこりが帰ると、女房は質屋と浮気中。「殺してやる!」と思ったが、押さえて、ただの木ぎれを告げ口棒とだまし家の中を捜す振り。質屋の隠れた長持ちを縄で縛り、質屋に運び込み金をせしめる。その噂を聞いて、あるお寺でなくなった金が無くなった、探してほしいと頼んでくる。「三日のうちに見つける。」と見栄を切ったもののあてはない。しかし噂を聞き観念した泥棒がありかを告げてきた。それを告げ口棒を使って探し当て、めでたし、めでたし。
印象的なのは自分を押さえて、告げ口棒の滑稽な作り話をこさえて女房をだまし。質屋に恥をかかせて金をせしめるところだ。ユーモアは皮肉、錯覚、攻撃と関連している上に癒しの効果も持っている。ユーモアはとりわけ、責任ある地位の人間にとって重要である。
* 個人が成熟するに連れ、ユーモアの使用頻度が多くなっている。
(14)苦痛と癒し
石たたきの刑(モロッコ) 夫が巡礼に出かけた隙に夫の兄の裁判官が妻に言い寄った。拒否されると、売春婦との噂を流し、石たたきの刑に処してしまった。妻は瀕死の重傷を負ったが親切な人に助けられた。そして癒しの力を得ていることに気がついた。妻の評判の癒してになった。そのころ裁判官の兄は重病にかかっていた。兄の元に弟が帰ってきた。二人で件の癒してのところに行く。ついたての向こうの癒し手に罪の告白を迫られ、兄はついに白状する。癒しては姿をあらわし、兄の病気を治してやる。
癒しには男性的、女性的双方の力が要求されるので、男性は養育的な側面を補わなくてはならないし、女性は攻撃的な力を開発しなくてはならない。この物語では妻の命よりも高潔さに力点を置いている。抑圧された社会においてすら彼女は自立と積極性を主張している。
(15)再生と黄泉の国
骨つぎ(日本) かわやで尻を触られた妻は、2度目にさわった手を刀で切り落とす。夫に見せると、なんとそれは河童の手だった。ところが翌日河童が手を返してくれと頼んできた。「返してやるが、手をくっつける骨つぎの技術の伝授しろ。」とせまる。夫婦は、河童がお礼に呉れたうまい魚を食った上、骨接ぎの名医になって幸せな生活を送った。
夫と妻は互いに補完しあい、時には立場を逆転させている。さらにこの物語の面白いところは河童である。河童は日本の昔話では破壊者であると同時に癒してとであるという矛盾した存在である。
(16)命の源泉
黄金の木(インドにおけるユダヤの話より) 若い王様は、他の妃達の告げ口で最愛の若い妃を追い出してしまった。王妃は幸い森の老人に救われ、王子を産んだ。一方宮殿では、王様が年月が経つと共にお妃を追い出したことを悔やんだ。黄金の木の模造品を作らせたが心は晴れない。賢人たちに「王様自身の手で、黄金の木を見つければ心が癒される。」と聞いて森に出かけて行く。そして森の老人に対面。「黄金の木は森の奥深くの水源のもとに生えているが近づくにつれて、水はますます熱くなる。この靴を履いて行きなさい。」教えられた通りの方法で、難行苦行のはて黄金の木を持ち帰る。「それでもこんな木では。最愛の女性を失ってしまったのだから」と嘆く王様に、あの王妃が正体をあらわし、息子と共に対面する。
この物語は、黄金の木の模造品等の話で物質主義に警鐘をならす。王様は財産と権力を捨てて
、逆境を経験し、追放した妃が味わったのと同じ苦労を味わう。男は中年になると権力と名誉の場から放り出され、屈辱ともろさをまなぶと教えている。そしてその果てに王様は人間関係の重要さを学ぶことになる。
・二つの選択肢・・・(1)自分に変わって喜んで女性的仕事をしてくれる女性を探し、次から次へと浮気をするか、再婚する。(2)自分自身の女性的側面を開発する。(下143p)
* 再生の源・・・・家族への愛、自然への愛、友人への愛・・・・ として登場(下159p)
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