新潮文庫
倫敦塔
漱石は一度しか倫敦塔をみていない。
後は調査と自分の想像力で補ってこの観光ガイド風の小編を作り上げている。
・生きると言うことは活動しているという事であるに、生きながらこの活動を抑えらるるのは生という意味を奪われたると同じ事で、その奪われたを自覚するだけが死よりも一層の苦痛である。(21p)
・坊さんは「知り申さぬ」と答えて「まだ真との道に入りたもう心はなきか」と問う。女きっとして「真とは吾と吾夫の信ずる道をこそ言え。御身たちの道は迷いの道、誤りの道よ。」と返す。(26p)
・正筆、仄筆(27p)
幻影の盾
夜鴉城を攻める白城の城主ルーファスの部下にウイリアムよいう勇将がいた。
そのの幼なじみの恋人クララは敵城中に。彼は船で落城直前に脱出させようとしたが失敗したかに見えた。
ウイリアムは古老から与えられた幻の盾を用いて窮地を脱して戻るが・・・・。
アーサー王伝説に近いものを美文口調で書いている。
漱石の小説を書く上での一つのトライと言う風に考えた。
趣味の遺伝
新橋で待ち合わせをしていた漱石は将軍の凱旋にであうが、続いてあらわれた凱旋兵士の中に旅順で戦死した浩さんとそっくりの男を見つける。
漱石は思い立って駒込寂光院にある彼の墓を訪ねるがそこで見知らぬ女性と行き違う。
浩さんの母の言によれば彼に女性はいなかったはず。
しかしその日記と浩さんと同じ藩の古老の話しから、漱石はその女性をついにつきとめる。
珍しく短編としてまとまっている点、漱石の戦争に対する考え方があらわれている点などに外の作品にない特色が見られる。
・世間には諷語と云うがある。諷語は皆表裏二面の意義を有している。先生を馬鹿の別号に用い、大将を匹夫の渾名に使うのは誰も心得ていよう。・・・・(妙齢の娘が)寂光院の墓場のの中に立った。浮かない、古臭い、沈静な四顧の景物の中に立った。(184p)
琴のそら音
「虫が知らせる。」と言う話しがある。思う人の姿がふと枕辺にあらわれたが、丁度そのとき思う人が死んだ、などという話しである。漱石の未来の妻露子はインフルエンザで寝込んでいる。その話しを散々聞かされた漱石が、露子を心配しながら、雨の夜、竹早町、茗荷谷あたりを通って、自宅に戻る話しを書いたもの。
写実小説の試作で後年の「三四郎」「それから」などの準備的作品と解説にあった。