竜馬が行く(1)      司馬 遼太郎

文芸春秋

 土佐高知城下。はなたれ小僧で弱虫の竜馬は、剣道を始めて自己の才能を見いだし、剣術修行のために江戸に出る。江戸では北辰一刀流千葉道場に入門し、めきめき頭角を現す。安政諸流試合では先輩の武市半平太に変わって出場、決勝で長州の桂小五郎と対決し、これをくだす。
 一方嘉永6年3月米国東印度ペリーの艦隊が浦賀に来航し、開港を要求、日本は一転して幕末の風雲時代に入った。彼らは測量をするかたわら、品川沖で発砲し幕府を恫喝した。幕府は江戸から浦賀まで諸藩に守備に当たらせる。竜馬は品川土佐藩陣地に出仕中、他藩の備えと黒船を見る。
 国内には公儀の弱腰を非難し、攘夷論が高まる。土佐藩は吉田東洋が力を握り、上仕を中心に佐幕が支配する。しかしもと長蘇我部出身の軽格たちは不満で尊王を掲げ出す。

・長州の怜悧、薩摩の重厚、土佐の与太というのはおもしろい。もし一男子にしてこの三つの特質をかねている者があれば、それはかならず大事をなすものだ。(212P)
・お叱りを受ける、お叱りを受けない、ということだけがこのころの武士の判断基準である。・・・・諸藩の若い下級武士出身の志士たちによってこの階級がくつがえされ、明治維新がおこったのは当然のことであった。(214P)
・・・・義理などは夢にも思う事なかれ。身をしばらるるものなり。
・・・・恥と言うこと打ち捨てて世の中は成る可し。(262P)
・武士であるとか町人であるとか、そういうものはこの世の借り着で、正真正銘なのは人間一匹の坂本竜馬だけである(410P)

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