文芸春秋
長州の志士たちは来島又兵衛等を中心に、浪士たちをあつめて京都を占領し、主上を奪い、防・長両州の軍を迎え入れようとする。しかし事前に察知され、池田屋に集合したところを新鮮組に教われ、壊滅する。幕府は一種の長州との戦争と考え、新撰組に褒美をだし、感状をおくる。
この後長州征伐の話がでるが、先制攻撃をした長州軍はいくつかに別れて京都を包囲、時の声を上げるが、またしても破れてしまう。蛤御門の変である。
両者には海軍兵学校からも、参加者があったため、責任者の勝海舟は地位を追われ、兵学校は解散させられ、せっかく手にいれた観光丸は神戸で竜馬単独で変換することとなる。しかし竜馬は薩摩等から金を出させて私製の船隊を作ろうと考える。そして歴史的な西郷隆盛との会見・・・・。
一方長州は佐幕派が力を得て、勤王派を駆逐し、桂小五郎、高杉晋作等は脱藩し、姿をくらます。藩主毛利敬親は薩摩西郷隆盛に屈し、幕府に恭順を誓い、反対派の首をさしだす。
・対外交渉がはじまるにつれ、この日本の二重政権制度が、最大の癌になってきた。外国との条約を結ぶにしても、京の天皇の御印が必要なのである。(191P)
・幕府は諸外国と通商条約を結び、港を次々に開港しようとしている。しかも諸藩にたいしては従来の鎖国令を守らせて貿易させず、貿易は一に幕府の独占事業たらしめる方針をとっている(302P)
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