文芸春秋
小倉城が落城し、長州と勝をなかだちとする幕府軍の間には一応和議が成立した。一橋慶喜はがっくりと肩を落とす。船のなかった海援隊は薩摩藩を保証人に長崎の女の融資で帆船大極丸を購入。さらに伊予大洲藩の購入によるいろは丸を運転することとなり、商売は繁盛した。
しかしいろは丸は紀州藩船明光丸にぶつけられ、沈んだ。日本近代海運史上初めての事件だったが、竜馬は国際法にのっとって解決することに成功。
孝明帝が崩御し、幕府の権威を拠り所にした会津藩等は困惑する。ちょうど同じころ将軍家茂が病死し、15代将軍慶喜が誕生。
土佐中岡慎太郎は、竜馬の依頼により、薩長連合をベースに太宰府の三条実美、京都郊外に蟄居していた岩倉具視等の担ぎ出しのために東奔西走する。
京都では板垣退助が藩主山内容堂を必死で説得、容堂は帰藩する。中岡は土佐での挙兵準備のため帰藩するものたちを送る。
竜馬は後藤象二郎を国にかえし、準備をさせる一方、自分は京都の工作にあたる。あわせて新政権の考え方を船中八策の形でまとめる。
・慶喜は、平素豚肉を好んだりナポレオン3世から贈られた皇帝の軍服を着て西洋馬を乗り回すほどの洋化主義者で、洋式歩兵と洋式砲兵の効能を一番よく知っている。(15p)
・筒井順慶できまるものだぞ。時勢も歴史もそうだ。(85p)
・世に活物たるもの、みな衆生なれば、いずれを上下とも定めがたし。今生の活物にてはただ我をもって最上とすべし。(183p)
・竜馬の船中八作。・・・・第一条 天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令よろしく朝廷より出づべき事(395p)
・天皇をいただいた民主政体でゆく(398p)
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