坂の上の雲(7ー8)

坂の上の雲(7ー8)    司馬 遼太郎


奉天会戦で東部をたたく、次に西部をたたく、敵が右往左往する好きに中央突破をはかるという、日本軍の作戦は、必ずしも作戦通り行かなかったが、後方を秋山隊につかれることをおそれた、クロポトキンは、勝手に退却を始めた。
日本軍はこの機に乗じて大勝を納めたが、兵も弾もそこをつき、長引けば敗戦は必死だった。
しかし米国を通じて講和を打診するが失敗、バルチック艦隊との対決まで待たなければならない。
その艦隊はインド洋を出、カムラン湾でネボガドフの第3隊と合流。
ウラジオに向かうコースはいろいろ考えられたが、日本は対馬ルートと判断、これが成功し、ついに敵艦の陰をみとめる。

・日本人の勝利の定義は・・・・古語で言えば「敵の芝生を踏む」ということで・・・。(83p)
・ロシア軍の敗因は、ただ一人の人間に起因している。クロポトキンの個性と能力である。(108p)
・一般にロシア人のやる外交については誠実も誠意も存在せず、表裏のカラクリだけで彼らは動くと言われている。(214p)
・日本において新聞は必ずしも英知と良心を代表しない。むしろ流行を代表するものであり・・・(218p)
・独裁者は必ずしも強者ではなく、むしろ他人の意見の前に自己の空虚さを暴露することをおそれたり、あるいは極端な自己保存の本能の強い精神体質の者に多い。(313p)
・「目的の単一性」(315p)
・戦場へ引き出されて行く水兵たちにとって自分の提督に期待するのは優しさでも愛嬌でもなく、ただ一つ有能であるという事だった。(342p)


敵前で旋回とするとい奇手を使った日本は、眼前に現れた1艦ずつ総攻撃を与える方式で、5隻のうち4隻を撃沈し、決定的な勝利を収める。
逃げおおせた戦艦、巡洋艦等も撃沈させたり、捕虜にしたりするなど勝利は完全なもので、ウラジオに到着した艦は殆どないに等しかった。
アメリカの仲介でポーツマス条約が成立し、日本はロシア帝国主義の犠牲になることがなかった。
全8巻を通じて、随所に司馬流の歴史の解釈が出ており、日露戦争前後の歴史および日本人の考え方を学ぶという点で非常に優れた教科書であるとおもった。

・この時代の軍人の軍隊文章というのは、陸海空を問わず、現実認識という軍人にとって最も重要な要素から決して浮き立つことをしなかった。(38p)
・海戦というものは敵に与えている被害がわからない。味方の被害ばかりわかるからいつも自分の方が負けているような感じを受ける。(125p)
・この海戦は、白人優勢の時代がすでに終わったことについて歴史上の一新紀元を画したと言うべきである。(260p)
・日露戦争はロシア国家に与えた衝撃よりもむしろロマノフ王朝そのものを存亡の崖斑に追い込んでしまったことになる。(270p)
・ナポレオンはフランス史上最初の国民軍を率いたから強かったのだ。(282p)