侏儒の言葉・西方の人     芥川 龍之助

新潮文庫

侏儒の言葉
最初に「「侏儒の言葉」は必ずしも私の思想を伝える物ではない。・・・・。」と断っているが少なくとも一時は龍之助の考えた事である。あの有名な「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦莫迦しい。重大に扱わなければ危険である。」のような、すっきりした言葉に突き当たるとなるほど、そうだなと思う。そういうまとまった言が面白い。流れていても短い語句でまとまっていないのはつまらない。
・恋愛は唯性慾の詩的表現を受けた物である。少なくとも詩的表現を受けない性慾は恋愛と呼ぶに値しない。

西方の人
聖書にはいろいろ良いことが書いてあるけれど、現実はどうだったのだろう、クリストはどういう人だったろうと疑問に思わぬ人はいまい。これは龍之助が自分なりにクリストはこのような人間であった、と生の姿を想像した物である。私の考えと違っていたところ

・マリアは唯の女人だった。・・・・「涙の谷」に通っていた。が、マリアは忍耐を重ねてこの一生を歩いて行った。(127p)
・クリストは大衆に働きかけて大衆を動かすことを人生最大の目的とした偉大なジャーナリストであった。生活の資はそこから得ていた。
・クリストは世俗の制度や慣習を無視して放浪生活を送る人々に似た精神状態を持つボヘミヤ的精神の持ち主だった。(130p)
・クリストは弁論が極めて得意であった。(132p)
・我々を造ったものは神ではない、神こそ我々の造った物である。(グウルモンの言葉)(139p)
・驢馬を走らせて行ったクリストは彼自身だった共にイスラエルの予言者たちだった。彼の後の生まれたクリストの一人は遠いロオマの道の上に再生したクリストに「どこへ行く?」となじられたことを伝えている。(145p)
・クリストは無抵抗主義者であった。 ニイチェは宗教を「衛生学」と呼んだ。 それは宗教ばかりではない。道徳や経済も「衛生学」である。 それらは我々におのずから死ぬまで健康を保たせるであろう。 ・・・・・・・クリスト・・・あるいはクリストたちの一生の我々を動かすはこの為である。(154p)