新潮文庫
漱石の講演を纏めたもの。後半には「硝子戸の中から」や「日記」の紹介も一部行っている。
現代日本の開花
開花は人間活力の発現の経路である。西洋人が百年もかかって到達した文化の極端に日本人は維新後四、五十年で到達した。そのためどうも上滑りで、上皮の上を滑るまいと踏ん張るために神経衰弱にすら成りかねない。競争その他からくるいらいらを考慮に入れると、われわれは幸せになったかどうかはあやしい。私は神経衰弱に成らない程度に置いてせいぜい内発的に変化して行くが良かろうという程度にしか言えない。
中味と形式
形式は内容のための形式であって、形式のために内容が出来るのではない。現代日本は非常な勢いで変化している。時代にぴったりあった形を作り出す必要がある。
文芸と道徳
浪漫主義の文学は理想を掲げてそれにそったように事物を配列する者である。感激姓はあるが、現世現在を飛び離れている恨みは免れない。自然主義のそれは倫理上の弱点が書いてあっても作者読者共通の弱点である場合が多い。忠、孝中心の浪漫主義の道徳は廃れたが、自然主義の道徳は必要で、それは理想を掲げて日々努力して行くことを意味している。
私の個人主義
西洋文明に学ぼうと考えた私だが、自己の立脚地を固める事が大切だと発見した。自己本位を確立してからは西洋人なにするものぞの気概が生まれてきた。みなさんも自分の個性が発揮できるような仕事を発見するまで邁進しなければいけない。ただ金力、権力を使って個人主義を変えようと言う運動はいけない。また個人主義は国家主義と対立する言葉のように考えられるが、どちらも個人の中で併存すべきものであって、どちらか一方を捨て去る必要はない。
模倣と独立
人間にはインデイペンダントとイミテーションの二つがある。インデイペンダントがであることが結局は大事であるが、イミテーションのないインデイペンダントはない。イミテーションから発達して個人のあるいは国家のインデイペンダントを作り上げることが肝要である。
教育と文芸
時代の要求に伴って自然主義の教育が求められるがすべて、ではいけなく、 四分は浪漫主義の教育も残すべきで両者の調和が必要だ。
これを新浪漫主義と呼ぶのが良かろう。 現時の教育は小中学校において浪漫主義的傾向が強く、大学において自然主義が強くなっている。