漱石と倫敦ミイラ殺人事件    島田荘司

光文社文庫

 ワトソン博士氏の未発表原稿と夏目漱石の「倫敦覚書」が発見された。本書はそれに基づいて奇数章は漱石の手記、偶数章はワトソン博士の原稿という形で進められている。実際は漱石部分については漱石日記、ワトソン部分についてはいくつかのシャーロックホームズシリーズからとっているらしいが、コメデイ作品と思うほど、ユーモアに富んでいる。その背景には作者が両者を十分に研究したあとが伺える。

 漱石=明治33年10月留学生としてイギリスにやってきた。フロッテン・ロードの下宿に落ち着いたが、夜間妙な怨霊の声が聞こえる。シェクスピア学者のクレイグ先生に相談したところ、シャーロック・ホームズを紹介された。コカイン中毒のとんだ変わり者だったが、相棒のワトソン博士はまともなようだ。相談したところ、不思議に声は止んだ。
 ワトソン=おかしな日本人が帰った後、メアリー・リンキイなる夫人がやってきた。夫人の相談というのは「夫が亡くなり、一人になったので、幼いときに生き別れになった弟キングスレイに合いたいと新聞に産業広告を出した。するとジョニー・ブリッグストンなる人物が現れ、探してやるとのこと。お願いするとしばらくしてすっかり老けてやせた弟がスコットランドにいることが分かった。引き取ったが、中国にいたときの影響かストーブをたかせなかったり、お経を唱えたり、ほとんど食事をとらなくなった。そして行李のなかの木像には怨念がこもっており、それを見るとミイラになってしまう、などとおかしな事を言う。原因を探ってほしい。」ところが翌日ホームズと訪ねると、夫人は病院に運ばれるところ。聞けば夜半にキングスレイの部屋から出火、夫人と執事が消し止めたが、焼け跡のベッドに残っていたのはキングスレイのミイラ。口の中には「つね61」と書かれた紙切れ。しかも部屋は釘で打ち付け、完全な密室。あまりの異常さに夫人がおかしくなってしまったと言うのだ。
 以下しばらく漱石とワトソンのふたつの語りが交互に出てくるが、省略する。事件は解決しないが、漱石はリンキイ夫人を慰めるためにキングスレイのそっくりさんを探し出して合わせてあげたら、と提案する。ところがこれを聞いてホームズが名案を思いついた。キングスレイはブリッグストンが探し出したいんちきに違いない。それならうまく募集すれば二人とも応募したり、様子を見たりするために現れるだろう。網をはっていると案の定・・・・。
 実はブリッグストンはキングスレイを発見したが、餓死してミイラになっていた。そこで彼は一計を思いつく。そっくりさんを送り込み、ある日そいつをミイラに変えて婆さんを驚かせ、精神的に参らせ、財産を奪取できないか。三行広告でジム・ブラウナーなる人物を見つけだし、キングスレイとして送り込む。ジムは中国に行っておかしくなったというムードをさんざん振りまく。そしてある夜、ジムはベッドの上、ミイラは中国製の長行李の中、インチキ木像は日本製甲冑の中に入れておいたが、夜半ジムが起きあがり、ミイラをベッドの上に置き、自分は日本製甲冑の中に隠れて、部屋に火をつけた。夫人と執事が消化に手間取っている隙に、ジムは密室から抜け出した、というのだ。
 二人が逮捕されて事件は急転解決した。漱石は、帰国直前、病院のリンキイ夫人にペルシャ猫を贈った。出国の時、ホームズ、ワトソン、夫人の見送りを受け、記念にバイオリンを贈られ、ホームズがそれで一曲ひいてくれた。そのときになってあの「つね61」はひっくり返して19世紀と読むのだと気がついた。

 全体、ミステリーと考えることもできるが、同じ事実について二つの違った書き方がなされており、その微妙な違いは東洋文明とと西洋文明のぶつかり合いを見るようですばらしい作品。

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