それから           夏目 漱石

新潮文庫

長井代助は30にもなって定職にもつかず、実業に成功した父親からの援助で、書生とお手伝いと共にぶらぶらと暮らしている。冒頭の「誰かあわただしく門前をかけだして行く足音がしたとき、代助の頭の中には、大きなまないた下駄が空から、ぶら下がっていた。けれども、そのまないた下駄は、足音の遠のくに従って、すうと頭から抜け出して消えてしまった。そうして眼が覚めた。(5p)」は、その生活の安定のなさを象徴しているようにも読める。
彼は読書を愛し、香水を振りかけた枕に頭を乗せ、百合の花に囲まれて眠ることが好きだ。しかし彼は、一方で金をもうけると言うことを軽蔑している。そんなところに昔なじみの平岡が訪ねてきた。大学をでると銀行に勤め、大阪に勤務していたが、首になって東京に戻ってきたのだ。
平岡の妻三千代はかって長井の恋人だったが義侠心から平岡に譲った女。代助は、病気がちで、しかも生活に困った平岡からつらい仕打ちを受けている三千代を見て、兄嫁梅子から金を借りて都合してやった。
一方父は事業の援助を受けるために、代助に資産家佐川の令嬢との結婚をしきりにすすめる。ところが代助は自分が三千代を依然として愛していることに気がついた。自然の児になろうか、又意志の人になろうかと代助は迷った(211p)末、ある時三千代を自宅に呼びつけ道ならぬ関係に陥いってしまった。
すると男として三千代を守ってやらねばならぬと感じるようになり、とうとう令嬢との結婚を断ってしまった。平岡には過去の経過を話し、三千代を譲れとせまった。令嬢と結婚し、三千代との愛はそのままにしておけば良いのではないかと言うところだが、代助のそれまでの生活形態つまりあまえと、日常の些事を低く見る明治知識人の弱さに帰するべきなのだろうか。
ようやく新聞社に職を得た平岡は代助の父に直訴する。、父は怒り、兄を通じて「以来子として取り扱わない。又親とも思ってくれるな。」(287p)と勘当し、生活の糧を断ってしまう。「職業を探してくる」と町にでた代助は「焦る焦る」「ああ動く。世の中が動く。」とさけび真っ赤になってくるりくるりと回転する世の中を見る。

代助は、このころはやった高等遊民を代表しているが、現代流に言えばプータロウである。そのプータロウが親の意志に背いて、不倫に走り、糧道を断たれて困った、困ったと言う話だから現代にも十分通じる話である。論理的でない代助の行動がこまかく論理的に考察されてされているところが面白い。
それにしても漱石の恋愛場面をじつに含蓄ある描き方をしますなあ。雨がしとしとと降っている。やがて銘仙の紺絣に、唐草模様の一重帯をしめた三千代が書生に連れられて座敷に入ってきた。部屋にはさっき買ってきた百合の花がぷんぷん匂っている。
「二人はこう凝としている中に、五十年を眼のあたりに縮めた程の精神の緊張を感じた。そうしてその緊張と共に、二人があい並んで存在しておるという自覚を失わなかった。彼らは愛の刑と愛のたまものとを同時に受けて、同時に双方を切実に味わった。(240p)」

・麺麭を離れ水を離れた贅沢な経験をしなくっちゃ人間の甲斐はない。(22p)
・代助は露西亜文学にでる不安を、天候の具合と、政治の圧迫で解釈していた。仏蘭西文学にでてくる不安を、有夫姦の多いためとみていた。ダヌンチオによって代表される以太利文学の不安を、無制限の堕落からでる自己欠損の感と判断していた。だから日本の文学者が、好んで不安という側からのみ社会を描き出すのを、舶来の唐物のようにみなした。(74p)
・ 代助は人類の一人として、互いを腹の中で侮辱することなしには、互いに接触を敢えてし得ぬ、現代の社会を、二十世紀の堕落と呼んでいた。そうして、これを、近来急に膨張した生活慾の高圧力が道義慾の崩壊を促した物と解釈していた。又これを新旧両慾の衝突と見なしていた。 最後のこの生活欲のめざましい発展を、欧州から押し寄せた津波と心得ていた。(121p)
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