翔ぶが如く(7)          司馬 遼太郎

文春文庫

 神風蓮の乱と同時に起こった秋月の乱は、山の中をさまよっただけだった。前原一誠の萩の乱は脱落者が続出し、最後には一誠自身が逃げ出し、捕まってしまった。思案橋事件は、乱にすらならなかった。不平元士族を中心に各地で起こった反乱は、このように簡単に鎮圧され、警察と鎮台たる日本の軍隊を強化しただけだった。
 しかし問題は鹿児島、西郷を抱き、元士族を中心とする私学校が権力を握っていたが、大警視川路は彼らを刺激し、結果として蜂起を促すような策をとってしまった。「東京獅子」と呼ばれる密偵団を放って西郷の暗殺を謀るが、捕まってしまう。海軍省が所管している武器庫の武器を他所に密かに運び出そうとして発覚、私学校は逆に武器庫をおそうことになる。
 私学校では主戦論、反戦論交錯する中、ついに篠原等の主戦論が勝ち、彼らはついに西郷を引き出す。親戚の川村中将が説得に向かうが、大山等は、西郷に会わせることも拒否した。鹿児島異人館のアーネスト・サトウ等は、去ることになるが、西郷との単独会談にすら苦労した。それほど西郷はすでに人形のように祭り上げられていたのである。

・西郷の幕僚たちは・・・・みな無口で、日本がどうなればいいのかという事では、殆ど語るところがない。(83P)
・明治初期日本のキリスト教徒に対する処置(88P)
・大久保の太政官は文明開化を製造して行く権力組織であると共に、反面士族大衆の指示を薄くしか受けていないために、天皇という古代的権威を濃厚に借りざるを得ない。・・・反政府主義者を「俗」と見、天皇を要している自分の方が「勅」を奉じているとする明治国家の基本的性格・・・(153P)
・汝、口上にて述べられずんば、四肢より打出すべし。(195P)
・この國の中世以来の政治機構の構造・・・担がれるものと担ぐものの二元的な一致・・・がこの場合にも露骨に現れている。西郷が、篠原の一言で川村純義に会えなかったように、自分の象徴であるためには、自分一個の判断も自ら封じざるを得ず、言動の自由もあきらめざるを得なかった。(281p)

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