弥生三月、暖かくなってきた。母校都立南高等学校のC、D両クラス合同クラス会が、三十五年ぶりに開催された。場所は新宿のHタワーホテル。
夕方六時、十七階の待合室からは、ネオンがぽつぽつ点りはじめた、新宿の町並みが箱庭のように見える。
ベレー帽をかぶり、メガネをかけたお年寄りがエレベーターを上がってきた。
「あ、お待ちしてました。お元気そうで何よりです。」
と、幹事の駒田がにこやかに出迎える。
西郷先生は左手をちょっとあげ、にっこり笑われた。先生は漢文の先生だったけれど、いつも女性のような声を出し、優しい、まじめな先生だった。大分ふけられ、杖をついておられるが、まだ足取りはしっかりしておられる。
「あ、これはどうも。」
「どうも、どうも」
グラスを片手にあっちでもこっちでも挨拶が始まる。岡村、伊島、・・・・なつかしい。これは・・・青島さんか、ずいぶん型くずれしたなあ。おや、杉原さん、かって我らのマドンナで、ミス南高に選ばれた女性。今も結構若々しいじゃないか。
「おい、お前、岩本か。」
ふいに斜め前から声をかけられた。
「あ、そうだが・・・・。おう、遠藤じゃないか。」
ずいぶん髪が薄くなったものだ、腹が出てきたものだ、と自分のことは棚に上げて置いて一瞬思う。こいつに会えただけでも今日の会費を払ったかいはあった。なつかしい!あのころ、おれたちは大の親友だった!一緒に授業をさぼり、一緒に女の子の尻を追いかけたものだった。
突然、幹事、駒田の大きな声。
「皆さん、それじゃあ、パーテイの用意が出来たみたいですから、中に入りましょう。」
駒田が司会、岡村の乾杯でパーテイが始まった。今日は会費を安くしよう、いろんな人と話し合える様にしようと立食形式である。
出席者は三十人近く。C、D両クラスで生徒は百十人あまりだったから、率にすれば三十パーセント近くにもなる。もう亡くなったやつもいるというのに良く集まったものだ。この年齢になるとみんな昔が懐かしくなるのだろうか。
「皆さん注目!それでは西郷先生のご挨拶をいただきます。」
西郷先生は私のDクラスの方の担任だった。Cクラスの担任だった数学の加藤先生は一昨年亡くなったとのことだ。
西郷先生の挨拶は、少し舌がもつれて、よく意味はわからないけれど、とにかく懐かしくて一杯という気持ちは伝わった。
「それではですね。」
また幹事駒田の少し高い声。
「これから各人に近況報告をしてもらいたいと思います。それじゃ、右から回りますかね。まず、我らがマドンナ、杉原サーン。彼女は現在サンフランシスコにお住まいですが、今日の日のためにわざわざ日航機をチャーターして駆けつけて下さった!。」
おーっと後ろの方から喚声!
「チャーターだなんて・・・。私、そんなお金持ちじゃありませんわ。」
杉原さんが、苦笑しながらマイクを握る。
「たまたま夫が日本に用事があったのでついてきたのです。でも、今日は本当にみなさまに会えて、懐かしさで一杯です・・・・。」
身の上話、ご主人のこと、サンフランシスコの不動産のことなどを取り混ぜ、そつなく我らの杉原さんは挨拶を終えた。
何人か過ぎて遠藤の挨拶になった。彼は普段私に比べるといつも世慣れて見えるが、こういう時は逆にシャイに見せるから不思議だ。
「学校出て、いろいろやってみましたが、結局親父の会社を次いでいます。雑貨の通信販売です。有名ブランド品も多数、取り扱っております。皆さんもよろしかったらどうぞ。」
としっかり自分の会社の宣伝までしている。
「会社を、せめて私の世代で三倍か五倍の大きさにはしてみたいと思ってます。よろしく。家族は・・・・、ええと、一人息子は、去年社会人になりまして、今は見飽きたカミサンと二人きりであります。この歳になってよかった事は・・・・いろいろ海外を見るチャンスに恵まれた事くらいでして・・・・・。ああ、趣味ではダイビングが好きです。海に潜ってきれいなオサカナを見ていると、浮き世の憂さをわすれます。」
建設会社に行っている岡村、かって妄想科学とかいう小さな会社で羽振りを利かせたが、今は失職している伊島等の挨拶が終わり、私の番になった。
「ええ、今晩は・・・、岩本です。私はさっきの遠藤君と同じようにいろいろあった後、あの有名な一山工業に勤めたのですが、・・・クシュン、その先は、言わなくても皆さん新聞紙上でご存じでしょう。見事につぶれちまいまして・・・。それもよせばいいのに株価が急落したでしょう。チャンスとばかり大量に仕込んだ馬鹿さ加減・・・・。社長が、記者会見で涙流してくれたくらいじゃ収まりません。それで今は失職中。しかし、男が稼ぎがなくなると、女は怖くなるものですなあ。もともと入り婿同然だった私はぬれ落ち葉扱い。子供もないから援軍はなし・・・。皆さん、同情してください。特に、杉原さん、仲良くしましょうね・・・・。」
杉原さんが隣の青島さんにささやくのが聞こえた。「間に合ってます。!」
十分とは言えなかった皿の料理はあらかたなくなりかけていた。
二次会はカラオケを楽しんだ。その時は十人以上いたように思う。相変わらず岡村が「昔の名前で出ています」で蛮声をはりあげていた。それから私は遠藤に誘われて、銀座のKホテルのバーに行く。暗い照明の中、煙草をくゆらせながら、遠藤がしんみりした調子で言った。
「奥さんにだいぶ苦しんでいるらしいな。女は残酷だからな。」
「そうだとも・・・・。」
「でも、結婚して三十年近くになるんだろう。これまで一緒に仲良くやってきた訳なんだろう。」
「ああ、それは話が違うんだ。おまえも知っている康子は、十年前に交通事故で亡くなったんだ。」
「それはどうも・・・。」
「それで土地持ちのイカズゴケの一人娘と七年前に再婚した。しかし、それまで株や商品取引でだいぶ失敗したから、借家だったんだ。仕方なく相手の家に転がり込んだんだけど、これが失敗だったんだな。彼女の母親が、二階に住んでいるんだが、これがうるさいんだ。カミサンは、通訳やってて能力は高いんだけどね。」
「美人かい?」
「ソーソーというところかな。」
「お子さんは・・・・。」
「がんばったが、子は康子にも、新しい方にもできなかったさ。」
「じゃあ、仲良くやればいいじゃないか。」
「おれには派手すぎる。出歩いてばっかりだ。おかげでおれは向こうの母親と結婚したような感じさ。冗談じゃない。それでもこちらがばりばりのうちは、まだよかったんだが、さっきの通り、一山工業が倒産しちまったろう。この年齢でたいして能力もないおれを雇ってくれる当てもなし・・・・。そうすると、二人の女どもは、手のひら返すみたいにおれに冷たくあたるようになったのさ。もともと家は母親の名義なんだ。それだもんだから、こっちを使用人と間違えているかと思うほどだ。居心地が悪くていけない。」
「趣味はないのかい。」
「推理小説を読む事くらいかな。殺人技術は研究したぞ。」
「すごい事やってるな。じゃあ、老後は作家にでもなればいいじゃないか。」
「そう世の中はあまくない。」
・・・・・・
少し会話がとぎれた後、私は思わずつぶやいた。
「ああ、どこか海外でも行って一人でのんびりやりなおしたいなあ。」
「金はどうするのさ。」
「そうな、困ったな。なんとか女房と婆さんの財産をこっちに転がり込ませる算段はないものかなあ。」
「またまた、すごいことをいうな。」
「そう言うけど、遠藤、君の所はうまく行っているのかい。」
私はそう言いいながら、話し役から聞き役にまわった。
「いや、気の強い独立独歩のカミサンでまいっているよ。」
「確か学校の先生やっているとか言っていたな。」
「うん、黒百合短期大学で教えているよ。今時、夏目漱石の研究なんぞで有名なんだから、おかしなもんだろう。でも、おれにはそれを鼻にぶら下げている感じがたまらない。食わせてやっているのに、高卒のおれを、教養がないって、馬鹿にする態度なんだ。」
「子供はいるのかい。」
「一人いたんだがね。アメリカ留学中に自動車事故にあって死んだよ。」
「それはどうも・・・。しかしそれなら、少し下手にでて、よりを戻し、奥さんとしっぽりと・・・・。」
「冗談じゃない。カミサンは最初は「研究のため一人になれるところが欲しいの。」なんて言って、小さなマンションを買ったんだが、今ではそっちに行きっきりで、戻って来やしない。何をしていることやら。」
「逆に、そんなに気に入らない奥さんが出ていったんなら、一人でのうのうとしていいじゃないか。趣味に生きるのもいい。女とよろしくやるのもいい。君なんか金があるんだから、なんとでもなるだろうが・・・・。」
「それ、そこなんだよ。まあ、もう一杯」
遠藤はブランデーをつぎ足し、匂いを楽しむように、鼻を近づけ、なめるほど飲んだようだ。私もグラスの残りを飲み干す。
「実はおあつらえ向きの女がいたのさ。おれの会社に出入りをしている女性なんだが、なんとも色っぽくて気が利くんだなあ。」
と目を細めてニヤニヤしながら言った。
「若いのかい。?」
「ああ、二十八とか言っていた。」
「すげえ。」
「君の奥さんだって若いじゃないか。三十代なんだろ。」
「いや、おれの場合は相手のわがままさだけが気になって、やってられない。」
「贅沢いうな。」
・・・・・・
また、沈黙が流れた。私は話題を変えた。
「ところで商売はうまく行っているのかい。」
「まあ、さっきはみんなの前だから景気のいい話はしたがな。実際は火の車さ。保険金でも入らないと早晩倒産と言うことになりかねない。」
「誰を殺すんだ?」
「もちろんカミサンさ。」
「ずいぶんはっきり言うね。」
「まあね。おれたちは、あいつがおれの積極性にほれ、おれがあいつの教養とやらにほれて結婚したんだがね。今は憎みあっていると言ったほうがいい。おれは彼女が友達に「あの人に触られるのが耐えられない。」と言ったのを知っているし、おれも俊子と一緒に新しい人生を踏み出したい。」
「俊子って?」
「ああ、それがおれの新しい女さ、兵藤俊子って言うんだ。こまたの切れ上がったいい女だ。」
「ううん、ぞくぞくするな。」
・・・・・・・・
それから、話がどう進んだか覚えていない。とにかく酒の勢いって物があって話はとんでもない方向に進んでいった。言い出したのは遠藤の方だった。
「なあ、お前、少し危ない橋をわたる気はないか。」
「うん?」
「つまり交換殺人というのはどうだ、ということさ。おれも、おまえも互いに女房が死ねばいいと思っている。」
「しかし・・・。」
あまりの飛躍に私は絶句してしまった。しかし彼の浅黒い顔に現れた表情は、自信に満ちているようにみえた。
「お前、殺人技術を研究したんだろ。さっきまで奥さんがいなけりゃいいって言っていたのは冗談だったのかい。お前さんは、サラリーマン根性で人を殺す度胸なんてとってもございません、っていうのかい。」
「いや、冗談を言った訳じゃない。・・・そう、おれだってまっとうな道を歩いていたばかりじゃない。殺しくらい度胸を据えれば出来ない訳じゃないさ。」
私は懸命の虚勢を張った。その私の心を見透かすように遠藤。
「そうだろう。おれとお前は高等学校が同じと言うだけで社会的な接点はない。それならおれが、お前の女房を、お前がおれのカミサンを、と言うのは悪くないアイデアじゃないか。それにおれもお前なら信用できる。」
遠藤はぐいと一息にグラスを空けた。少し目が据わってきたような気がする。
「しかし、やるとしても一世一代だから慎重にしないと・・・・。」
「そう、殺人と言うのは大きなばくちだ。成功した場合、得られる報酬は莫大だ。自由が選られるし、保険をかけておけば金もがっぽりだ。しかしオールオワナッシング、ばれてしまえば元も子もない。天網恢々、粗にして漏らさず、なんて言って、犯罪は必ず露見すると考えている阿呆が多い。しかし成功している例も多いんだぞ。間違いない。新聞で報道される事件は大抵は「めでたく犯人が捕まりました。」だ。しかし、検挙率を見れば犯人が捕まらない事件が多いことが分かるし、大体事件として認識されない事件だって多いに違いない。」
「認識されない事件・・・・。」
「たとえばいつの間にか行方不明になって見ろ、たとえばある死亡が自殺と考えられて見ろ、事件として認識されないだろう。」
「そうだ。その通りだ」
だんだん私がその気になってきたのは、彼の話術の性かもしれない。しんみりと独白のような調子でやられると、ついその気になってしまう。最後に遠藤が「この話をもう少し煮詰めて見ないか。素面の時に詰めてみよう。」と言った時、私は一も二もなく「そうしよう。」とうなづいてしまった。
私たちはその時はそんな風にして分かれた。我が家に戻ったのは二時過ぎだった。裏木戸をそっと開けて、暗い冷たい我が家に入った。
「恵美は?。」
「昨日からまた三週間で京都ですよ。」
「ああ、そうでしたね。」
「それにしても恭一はん、昨日も午前様でしたね。」
「そうですよ、いいじゃないですよ。」
「よかあ、ないですよ。亭主はカミサンに働かせて、使う係りなんてのは聞いた事がありませんよ。」
また、婆さんは嫌みだ。私は自分で作ったコーヒーとパンを抱え、書斎に引っ込む。
・・・・・・
カミサンの殺害か。遠藤に言われるまで考えても見なかった。別の手として、あの婆さんの殺害もある、と一瞬考えたが、婆さんは殺害してもうるさいカミサンが残る。カミサンが殺害されたら・・・・。いろいろあるだろうがあの婆さんとの関係は断ち切れそうだ。
しかし、清水の舞台から飛び降りる以上の勇気がいるな。そんなに簡単に妻を殺すことができるだろうか。
私は、ぼんやり考えながら日ごろ作っておいた推理小説ノートを開いた。ところが、あっちにもこっちにも偉大な先人たちの手本がある事に気がついた。
佐木隆三という作家の記述になる、実際にあった、次の二つの事件が印象に残る。
(一)真夜中の実験室
二十年以上一緒だった妻が、練炭で保温されたシイタケ栽培用のビニールハウスで死亡。一酸化炭素中毒死とされ、保険金が下りたが、高額のため疑われた。実は純粋な一酸化炭素を製造した(製造方法不明)。妻と一緒に防毒マスクをつけて、ビニールハウスに入ったが、妻の物には一酸化炭素入りの風船を取り付け、逆流させた。
(二)三億円のダイビング
山口虎美は交通事故を装い保険金をだまし取ろうとし、母子家庭を物色。未亡人荒木玉子をと正式に結婚。その一ヶ月後、妻子に多額の保険金をかけた後、ドライブに連れ出し、フェリー岸壁で、自分で運転していた車を海中に転落させ、妻子三人を水死させた。逮捕され、模擬実験まで行われるが「自分は助手席にいた、被害者だ。」と一貫して主張。現在係争中である。
小説だって結構ある。たとえばカトリーヌ・アルレーの「死の匂い」では、医者の夫が、わがままで財産を傘にいばり散らす妻に、中風になる菌を注射し、殺している。フランシス・アイルズの「殺意」ではモルヒネを注射し、殺している。夫による妻殺害というのは不思議じゃないんだ。
・・・・・・
ふと、そこまで考えて私は「私が殺すのは恵美ではない。」事に、改めて気がついた。恵美を殺すのは遠藤の仕事なのだ。・・・・そう思うとなんだか、急に気が楽になった。殺すのは遠藤の妻という、見も知らぬ他人・・・・。これならビジネスの一貫として気楽に考えればいい。
どうやって殺す?
殺人の方法としては絞殺、扼殺、撲殺、刺殺・・・・いろいろあるけれど、どうも野蛮だ。警察官や自衛官になった経験もないし、不良仲間に入って、刃物を振り回した経験もないし、柔道部や剣道部に入っていたわけでもない。いわば、今まで暴力とは疎遠で来た。
そうなるともっとやさしく密やかに相手にあの世に行っていただく方法はないものだろうか?やっぱり、毒殺だと結論づける。
毒殺は古来から腕力のない女性の好んだ殺害方法、私のような「文化人」にも向いている
にちがいない。
しかし毒を手に入れるのは案外に難しい。青酸カリは足がつきやすい。クロフツの「クロイドン発十二時三十分」では、主人公はわざわざロンドンまで出かけていって、偽名を使い、雀蜂退治用として購入するのだが発覚してしまう。昔から有名な砒素は、デイクスン・カーの「災厄の町」やニコラス・ブレイクの「野獣死すべし」で使われたが、今では手に入れることが難しい。農薬では土屋隆夫が「天狗の面」で使ったパラチオンが有名だけれど、これも最近発売禁止になっているようだ。嘆かわしい世の中だ。私は医者でもないから「死の匂い」や「殺意」の方法はちょっと難しい。
もっと簡単に手には入る毒はないだろうか。すると一酸化炭素が浮かんだ。しかし「真夜中の実験室」のごじんはどうやってあれを合成したのだろう・・・・。
一酸化炭素の連想で酸素欠乏による殺人や真空殺人が思い浮かんだ。真空殺人は強力なポンプが要りそうだから、無理かも知れないが、酸素欠乏の方は案外簡単かも知れない。
ある法医学の本で私は次のような記述を読んだことを思い出す。。
「酸素欠乏による死亡の場合、死体には急死の痕跡が見られるだけで、酸素濃度などの現場の状況を加えて考えないと、その診断は不可能である。」
これらが駄目なら・・・。一番簡単なのは絞殺だろうが、下手をすると跡が残ってしまう。しかし松本清張の「黒い福音」では、腕を使って被害者のスチュワーデスを絞め殺したこと、が載っている。また紐を使うとすれば、幅の広い、跡のつかない物を使う必要があるだろう。
そんなことを考えているうちに私はだんだんやる気?になってきた。再就職先探しで、あわれな姿を路傍にさらすより、婆さんにぎゃあぎゃあ嫌みを言われるより、こっちの方が絶対夢がある。
それから一週間くらい経ったあと、再び遠藤に会った。私は、実行あるのみとすっかり腹をくくっていた。二人で一緒にいるところを見られると都合が悪いと、遠藤が新宿のWホテルに部屋を取り、私が訪ねて行くことにした。いろいろ話はあったが、その結果をまとめると以下のようになった。
(一)殺害は一年以上後とする。
これは双方、カミサンに保険をかけるのだが、保険会社の信用期間が欲しい。いつか自殺であっても、一年経てば保険会社は、金を払うというのを聞いたことがある。この場合は殺害されるのだから、問題はないだろうが、多額の保険金をかけてすぐ殺されました、と言うのでは疑われるかも知れない。そこで一年間は我慢する事にした。
(二)お互いの情報交換は人に覚られないようにする。
お互い関係ない、というところが交換殺人のミソなのだから、当然と言えば当然だ。それから殺人の証拠は残さないようにする。相手が約束を履行したかどうかについて、頼るのはお互いの信用だけである。経過連絡などお互いの連絡は必要だ。幸い二人は、パソコンを持っていた。そこで原則として、わざわざ会合を開くことなく、メールを交換するようにする。メールは読んだらすぐ削除する。殺害終了後は原則として当分の間、会わないようにする。
(三)お互いのカミサンを紹介する。
(二)と反するが、ここはしない訳には行かない。スパイ小説みたいに写真交換だけ、と言う手もあるが、人違い殺人でもしたら、目も当てられない。ただ、ここはあくまで私たち夫婦と遠藤、私と遠藤夫婦の二つの会合だけにとどめるようにする。
(四)殺人はそれが殺人とは分からない方法にする。
警察はそれが殺人と知ってはじめて捜査に力を入れる。それが自殺や事故死と判断されれば、司法解剖すらされず、事件は闇の中に葬り去ることが出来る。それから死体がみつからないというのも一つの方法だ。
殺人事件として捜査が開始されるのは、大体死体が見つかるからなのだ。行方不明なら記録にのせるだけだ。
だから土深く埋めて、その痕跡が残らなければ、事件にはなかなかならない。錘をちゃんとつけて海に突き落とせば魚の餌だ。とにかく私たちはこの殺人が殺人として認識されないような方法をとることを編み出すことにした。
(五)殺害はそれぞれ異なる方法を取る。
今回は交換殺人だから二つの殺人だが、それが関連づけられるのは一番まずい。よく推理小説などで「殺された死体の側には、必ず真紅の薔薇が一輪飾ってあった。」などというのがあるが、あれはまさに自殺行為である。
(六)殺害計画にはフレキシビリテイを持たせる。
その場の状況や相手の態度によって時には中止し、時には殺害方法を変えるなど、計画に幅を持たせておく。
・・・・・・・・・・
まず、私は三社に分けて、受取人を私にし、妻に生命保険をかけた。総額二億円あまり。もちろん妻には内緒で、私のささやかな蓄えの中から保険金を払うのだから、楽ではないが仕方がない。月々数万円の金が、やがて億の富をもたらすのだ。遠藤も同じくらいの金額をかけたとのことだ。
私の妻と遠藤を知り合わせる件については、遠藤を「昔の会社の同僚で佐伯達郎」と設定して家を訪問してもらうことにした。
家はJR中央線武蔵小金井駅から十分くらいのところにあるが、遠藤は車でやってきた。
ドアのチャイムがなった。
「佐伯です。おじゃまします。」
「いらっしゃいませ、お待ちしてましたわ。」
あらかじめ、言っておいたので、恵美はにこにこと遠藤を応接室に通し、ケーキとコーヒーを運んできた。ところがその後
「あなた、私、急に行かなければならないところが出来てしまったの。後、よろしくお願いします。」
と消えてしまった。苦笑しながら佐伯こと遠藤に聞く。
「おい、顔を覚えたか。」
「ああ、大丈夫だ。」
ろくに見もしないくせに、いやに自信たっぷりだ。
「家の中を案内しておこうか。何かの役に立つかも知れない。」
「ああ、参考に頼む。ただ、おふくろさんが同居しているようだから、ここでやるつもりはないがね。」
「外か。」
「ああ、今はそう考えている。この後、奥さんとおれは、どこかで偶然を装って再会する。それから、奥さんがどこか旅行中に誘い出してやる、という手順を考えている。」
「そうか、じゃあ、妻の何かの旅行計画が分かれば知りたいわけだな。」
「一年先の話だがね。」
「まあ、しかし一年なんてあっと言う間だ。しっかり準備しておかないと・・・。」
「そうだな。」
・・・・・・・・・
私は、時子さんを彼女が別居して住んでいるアパートを突然訪問し、隙をみて殺害することにした。殺害方法はいろいろ考えたが、睡眠薬を飲ませ、風呂場等に押し込み、ドライアイスで空気不足状態を作り、心臓発作に見せ掛けて殺す、あるいは扼殺し、首吊り自殺を装わせるなどの方法を考えることにした。前者なら突然死、後者なら自殺となる。遺書は後者場合に必要だ。万全を期して作成することにしたが、自筆で書かせると言う訳には行かぬから、遠藤と相談し、私が文章を作成、彼女の部屋にあるワープロと同じワープロで作成する事とした。
そのために
(一)時子さんの現在住んでいるマンションのロケーション、到着方法、部屋の配置などを知る必要がある。
(二)時子さんとの面識、これは訪問する時に、知人の方がアプローチしやすいと思うからだ。私は西園寺頼道、遠藤の昔仲間で丸菱物産に勤め、繊維関係の国内営業を担当していることとした。
(一)について、遠藤が、時子さんが関西の大学に調査に行って不在の日をメールで教えてくれた。
時子さんの城、若葉マンションは四谷駅を降りて十分くらいのところにある。五階の三号室が彼女の住む部屋。
駅前の喫茶店「セゾン」で、私は遠藤から鍵を受け取った。
「一緒に行ってまわりのやつに見られるとやばい。おまえ、一人で行ってこいよ。」
遠藤に言われて私は、一人で出かけた。六階だてのそのマンションはせいぜい三十戸か四十戸のこぶりなマンションで、緩やかな斜面に南向きに建っている。庭はほとんどなく、アパートと言った方がふさわしいのかもしれない。エレベーターで五階に上がる。オートロックにはなっていない。北側に面した三号室のドアを、周囲に目撃者がいない事を確認しながら、そっと開ける。
手前にダイニングキッチン、左にバストイレ、奥に六畳と八畳の洋室、狭い二DKと言うところだろうか。彼女の机は八畳の洋室にあり、壁際の机の上にはF社のワープロが置いてある。本棚には夏目漱石関係の書籍がぎっしりと詰まっている。並びに小さなクローゼット。真ん中に簡単な応接セット。
六畳の方は寝室になっており、ベッド、テレビ、ステレオなどが置かれている。南側はアルミサッシガラス戸になっている。近くに高いビルはなく、これなら部屋でどのようなことがおころうと、覗かれる心配はないだろう。私はノートに簡単な見取り図を書いた。外に出てエレベータとは反対側に非常階段があることを確認した。
次に梅雨空の寒い日、私こと西園寺は、新しいワイシャツを出し、一番いい背広を着、本郷の遠藤宅を訪問した。前日に床屋に行ったから、ちょっとした色男である。
予定通り遠藤は、時子さんをマンションから呼んであった。
「丸菱物産の西園寺です。いつも遠藤さんにはお世話になってます。」
などと愛想良く私は話し出した。そして会話の途中で遠藤夫人を歯の浮くような言葉で持ち上げるようにした。
「三十代にお見えになる」「お美しい、俳優のxxみたいですね。」「夏目漱石もこんな女性に研究されて幸福でしょうね。」「コーデイネートされたその洋服、とてもお似合いです。」等々。後から思い出して、恥ずかしくなるような言い草だ。
もちあげながら私はじっと彼女を観察する。身長一五五センチ、体重四十キロというところか。やせ形。色白だが、髪はばさばさ、肌にはシミも目立ち、あまり健康的とは思えない。やけに大きな口だ。気は強そうだがそれほどパワーがありそうには見えない。
絞殺する場合を考えると、私は一七〇センチ、六九キロ、格闘技をやった経験はないが、彼女ならなんとか押え込めるのではないか、という気がした。
物には釣られるだろうが、男に誘惑されやすいタイプかどうかはよく分からない。訪問するときに上等のお菓子を持っていったり、何かの機会に、プレゼントでもすると、ハートをつかめるかもしれない。
遠藤に促されて、時子さんは時々会話には加わるが、そのテーマはあくまで個人的で、大局的見方の出来るタイプではない。
私は彼女を物理的におそった場合、どういう状況になるか、必死に思い浮かべようとするが、イメージが沸きにくい。
・・・・・・・
プロジェクトをスタートさせて八ヶ月が経った。もうすぐ年も暮れようとしている。
遠藤は、すでに偶然を装って、うちのカミサンと町で一度あったという。「大丈夫、旅行中に偶然あったら、むしろ彼女の方から近づいて来るのではないか。」と自信満々だ。
私は、まず電話受付代行会社と契約した。丸菱物産西園寺あての電話はそこでいったん受けてもらい、あとからかけ直すことにした。
さらに私は、遠藤から時子さんの通勤ルートを教えてもらった。そして黒百合短期大学のある、国立駅付近で彼女を捕らえることに成功した。国立駅周辺は駅前の大学通りに面して、一橋大学、桐朋学園などがある文教地区だ。
「おや、どなたかと思ったら遠藤先生じゃないですか。」
「あら・・・・。」
「いや、お忘れですか。いつか本郷のお宅へお伺いした丸菱物産の西園寺ですよ。」
「そうそう・・・。珍しいところでお会いしましたわね。」
昼日中に、商社の社員がこんなところをぶらついているはずもないのだが、彼女は疑わなかったようだ。
「どうですか。少し散歩でもしませんか。」
「ええ・・・。」
そんな具合にして彼女に近ずいた。
「黒百合短大で教えられているのですか。」
「ええ・・・。」
「毎日ですか。」
「いいえ、月曜日と水曜日と木曜日だけです。非常勤講師なんですの。アルバイトみたいなものでお給料は悪いんですよ。でも好きな道ですから・・・・。」
「確か、夏目漱石を研究されているとか・・・。」
「ええ、そうですわ。夫から聞かれました?」
「ええ、あの人は作品は少ないけれど、それぞれ趣が変わっていて興味深いでしょう。」
私は最近仕入れたばかりの知識を開陳して、彼女の関心を引こうとした。彼女はそういう私を、微笑みながら見つめている。
私は漱石にかこつけ、休日、マンションですごす時間等を教えてもらった。
こんな風に疎遠な男に声をかけられることは珍しいのか彼女は親切に、私事を気にすることなく、いろいろ教えてくれた。しかし亭主の話になると
「あの人のことは言わないで下さいな。」
と不仲を隠そうともしない。
私は最後に
「いつかもう少し詳しく漱石の事を教えてください。」
と布石を打ち、「会社で扱っている物ですが、よろしかったら・・・。」とブランド物のハンカチをプレゼントして別れた。
・・・・・・・
暮れに我が家にはもう一つ大きなニュースが持ち上がった。
義母が「やはり、私は一人で暮らした方が好いようだ。」と、自分で老人ホームを見つけてきて、そちらに移ってしまった。再び恵美と二人の生活に戻ったが、恵美はほとんど家にいる事はない。
妻の恵美は、百六十センチ強、五十五キロくらい、グラマーでエネルギッシュである。英語の通訳の免許を持っている。かなり頻繁にお呼びがかかり、家を空ける事が多い。
某宗教団体の日本大会が開かれるから、某市で十日間、ある国際交流機関の招請で東南アジアの学生が日本にやってくるから、それについてまわって各地を半月程、ボーイスカウトの日本での集まりがあるから、また某市へ半月、時にはイラン人犯罪者の裁判で通訳の為、千葉地方裁判所に五日間、と言った具合である。その上、昔の同級生仲間と旅行クラブの様なものを作っているらしく、そちらの方の集まりもある。海外旅行も勝手に年に二回くらいは行く。結構なご身分である。
そんな妻が、今度はニースに行くといい出した。聞きただしてみると某旅行社の主催する「南仏コートダジュールとプロヴァンス二週間の旅」とかいうもので、友人のSさんといくという。パリに到着し、飛行機で直接ニースに行き、5日ほど滞在し、モナコ、イタリーとの国境に近い都市を見物。その後カンヌ等を訪問し、マルセイユに行く。近くのエクスアンプロヴァンス、アヴィニオン等も訪問し、マルセイユから飛行機でパリに戻りご帰還、というコースらしい。
・・・・・・・
そろそろ実行の時期と考えた私はまた遠藤とあった。旅程表を見た遠藤は、しばらく考えている風だったが、ぼそっと聞いた。
「添乗員はつくのか。」
「うん、つくらしい。しかしニースは浜辺が楽しいし、モンテカルロも近く、自由行動主体の様だ。」
「ニースで泊まる予定のホテルは分かっているのか。」
「メリデイアンと言うんだ。イギリス通りとかいう通りに面しているらしい。」
「じゃあ、そこで決行だ。」
「ニースで・・・。大丈夫かい。」
「難しい事じゃないさ。あそこはおれはよく知っている。レンタカーを用意して、近づくのさ。車に乗せればこちらのものさ。ニースも少しはずれれば田舎が続くし、山も結構多い。もちろん、海に連れ出して溺れさせる、あるいは高台に呼び出して、崖の上から突き落とすという事も考えられる。とにかくこの前の話しの通り、その場その場に対応したうまい方法を考えないとね。」
「じゃあ、今度の旅行で、おれも妻とお別れだな。」
「おい、おい、この期に及んで感傷的な事を言うなよ。そういう風に君自身が望んでいるんだろ。」
「そうだ。」
「おれのいない間にカミサンの方を頼むさ。この前言っていたアパートの鍵のコピーは作っておいた。」
私は自分自身を奮い立たせて言った。
「ああ、ありがとう、君のカミサンのことはまかせてくれ。」
「終わったら、連絡してくれるな。」
「うん、メールで連絡する。」
「しかし、その後は何年かあわないからな。」
「そうだ、そうしなきゃいけない。」
「ところでお互いのカミサンの死をどうやって確認するんだ?」
「そこは信用してもらうしかないぜ。おれは恵美さんを殺す。しかしそう簡単に死体が上がるような方法は取らないよ。発見されるにしても最大半年はかかるかも知れない。もちろん保険金の関係があるから、恵美さんだと分かる遺留品は、逆に残しておくけれどね。おまえの方こそ大丈夫か。」
「ああ、現在考えているのは自殺に見せかけた他殺だ。私が犯行終了を知らせたら、しばらく成り行きをながめていてほしい。やすらかにベッドで死んで発見された場合、解剖されるだろう。しかし、心筋梗塞で一件落着だ。あるいは首吊り自殺をしているかも知れない。すると、側に遺書がある。自殺と言うことになってこれまた一件落着だ。」」
「分かった。そうだ、連絡するさいの符丁を考えておこう。」
「符丁?」
「うん、殺害完了なんていうのを、メールで送ったり、電話で直接話したりするのはまずいだろ。」
「それはそうだ。それじゃ殺害は・・・。」
「殺害はアキナイ、成功は完了、失敗は未だ完了せず、恵美さんはステレオ、時子さんは時計でどうだ。つまり恵美さんを殺した場合、おれは君に「ステレオのアキナイが完了した。」という訳だ。」
私は調子に乗って、つい発言。
「それはいい。ついでに死体は荷物にしよう。発見は到着だ。警察はお客様だ。警察が死体を発見したら、お客様に荷物到着だ。」
「ややこしくなってきたな。書いておこう。」
私は笑って遠藤を諭した。
「おっと、そうはゆかない。覚える、覚える・・・・。」
ブランデーグラスを傾けながら、夜が次第にふけて行った。男同士の友情って、ありがたいなあ。
・・・・・・・
「南仏コートダジュールとプロヴァンス二週間の旅」に出かけた妻はそのまま帰ってこなかった。遠藤からのメールが入っていた。
「ステレオの商いが完了したので、お知らせします。お客様の元に、荷物が到着するまでには時間がかかるでしょう。時計の商いの件、急いで下さい。」
新聞の隅に小さな報道を見つけた。
「日本人女性が行方不明
「ニース発」団体旅行で南フランスを旅していた日本人女性が行方不明になった。この女性は岩本恵美さん(三五歳)で、旅行主催者の話では、「岩本さんは所定時間に現れなかった。荷物を部屋においたままで、突然姿を消した。そのため、何らかの事故に巻き込まれた可能性もある、として現地警察に捜査を依頼した。」とのことである。」
・・・・・・・・・
最終的に殺害方法は被害者を酸素欠乏状態に陥れ、突然死と見せて殺すことにした。酸素欠乏状態を作る方法は、やはりドライアイスを使う事にした。ドライアイスは蒸発させると炭酸ガスになる。二キログラムが蒸発すると一立方メートルの炭酸ガスが発生する。すると比重が空気の約五十パーセント重いから下に沈む。
人間が酸素不足の空気を吸ったとき、どのような症状を呈するかについても、法医学の本に書いてあった。
「空気中の酸素濃度と症状の関係については十四ないし十五パーセントで意識は軽く障害される程度であり、十ないし六パーセントでは意識混濁から消失にいたり、多幸感あるいは抑鬱感を覚え、避難する意欲と運動能力が消え、循環虚脱が生じる。六パーセント以下では意識はすみやかに消失し、痙攣性運動をして倒れて急死する。」
最後に家庭内という現場で、ドライアイスを使って、簡単に酸素濃度六パーセント以下の状況を作り上げる装置をどう作ったら良いだろうか。ここも私はいろいろ考えた。
・・・・・
時子さんに「夏目漱石の生涯について、教えてもらいたいのでお会いできないだろうか。」と私は電話をしてみた。すると以外にも時子さんはマンション自室で会おうと、時間を指定してきた。
私は粉にし、溶けやすくした睡眠薬、クロロフォルムをたっぷりしみこませたガーゼ、布状のひも、ガムテープ、ビニールの紐、板、発砲スチロールの五十センチくらいの柱二本、八十センチくらいのゴムホース、遺書等を用意した。
睡眠薬とクロロフォルムの両方を用意したのはその場の状況によって使い分ける目的だ。布状の紐は使いたくないが、最悪の場合、これで絞め殺し、吊す事も考えた。この場合は自殺に見せかけた他殺になる。
当日は早くでて、横浜まで行き、偽名を使ってドライアイスを十キロほどを買い、アイスボックスにつめた。縦、横、高さ二十センチたらずの大きさだ。これを蒸発させれば五立方メートルの炭酸ガスを発生させる事が出来るはずだ。
・・・・・・・
約束してあったので、時子さんは私を八畳洋室に通してくれた。
「どうも、お忙しいところすみません。」などと、リラックスした様子を示し、持参した高級ケーキを渡した。
彼女がお茶を入れに立ち上がった時、いきなり後ろから抱きついた。クロロフォルムをたっぷりとふくませた厚手のガーゼを口にあてがった。不意をつかれて、彼女は少し抵抗する風だったが、やがてぐったり倒れた。
用意したビニール製の手袋をはめた。ガーゼを、そのままガムテープで時子さんの口に貼り付けた。布状の紐で目隠しをした。手を後ろに回し縛り上げた。足も同様にした。
この時の気持ちを後から考えると、後ろから抱き付くまで、ひどく緊張したことを覚えている。足が震えて隠すのに苦労した。しかし抱き着き、ぐったりするまでは気分が高揚していた。それから縛り上げるまでは夢中だった。良く覚えていない。しかし終わると「とうとうやってしまった。人を殺すとはあっけないものだ。」と何か落ち着いた気分になった。
風呂場に行き、風呂桶の中に発砲スチロールの柱を二本、横に並べて置いた。間にドライアイスをぎっしり詰めた。その上に板をならべて敷いた。
それから時子さんを抱き上げた。衣服はあえてとらなかった。彼女は四十キロと言うだけあって、重くはない。横に寝かせるようにして板の上に載せた。水道にゴムホースをつける。先端を板の間をくぐらせてドライアイスの中につっこむ。
それから風呂蓋を風呂の上に並べた。水道の蛇口を少しひねった。白い煙が風呂蓋のあいだからもうもうと上がった。彼女は炭酸ガスの中に次第に包まれていったはずだ。すっかり冷静になって、私は応接室に戻った。手袋をはめる以前に触ったところを、ハンカチでこすり、指紋を消した。
・・・・・・・・
ドライアイスが溶け終わったと思われる頃、私は風呂場のドアを開けた。すっかり冷たくなった彼女から、紐とガーゼを取り去った。抱き上げて、ベッドに運んだ。柔らかい羽根布団を掛けてやった。なんだか、急に時子さんに対するいとしさみたいなものがわいてきた。ごめんなさい。死体に手をあわせ、そっとマンションをでた。もちろん、証拠になる品物はそのまま我が家に持ち帰り、消却処分にした。遺書は、結局使わないですんだ。
私は遠藤にメールを入れた。
「時計の商いが完了しました。お客様に荷物はまもなく到着するでしょう。今後ともいっそうのお引き立てをお願いします。」
五日後の新聞に小さな記事を見つけた。
「マンションで女性怪死
さるxx日、新宿区若葉町にある若葉マンション五階三号室で、遠藤幸一さんの妻の時子さん(四七歳)が亡くなっているのを、訪ねてきた夫が見つけた。心筋梗塞による急死と見られる。遠藤時子さんは黒百合短期大学文学部講師で、夏目漱石の研究家として有名。」
いよいよ私は自由だ。しかも妻の死体さえ見つかれば、二億の保険金と財産を一部相続することが出来る。ああ、なんて素晴らしい世の中だ。
それから一ヶ月が経った。
一向に妻の死体が発見された様子は無かった。遠藤にメールで問い合わせてみた。
「ニースから車で一時間くらい連れ出して、睡眠薬を飲ませ、崖から谷底に突き落としたのだがなあ。見つからないというのも困った物だ。とりあえず、日本でも失踪届を出しておいたらどうか。」
という事だったのでそのようにした。
ところが届けを出してすぐ遠藤が消えてしまった。遠藤にメールを出したところ、答えが無かった。電話をしてみたが取り外されていた。私は、お互いしばらく連絡を取り合わない方が好いだろう、という事前の約束を思い出した。
しかし、同時に妙な事を発見した。恵美は数千万円におよぶ株、預金等を持っているのだが、それがこの半年足らずの間にほとんど引き出されたり、あるいは現金化されていて、残っていない。不動産関係は大半は、母親の名義でその権利証等は金庫に入っていたのだが、消滅していた。
・・・・・・
それからさらに半月ほど経って私は郵便受けにとんでもない物を見つけた。厚めの封書の差出人は岩本恵美となっていた。
「恭一さん、お元気ですか。
今、ヨーロッパは日が長く、花咲き乱れ、一年で一番いい季節を迎えております。
このホテルはちょうど丘の中腹に建てられており、眼下には青い湖が広がっております。朝のすがすがしい空気を吸いながら、私はテラスに出て、この手紙を書いております。
幸一さん・・・・お気づきでしょう。あなたのお友達の佐伯さんこと遠藤幸一さんは、昨日のドライブの疲れが残っているのか、まだベッドの中です。
私がニースのホテルから突然失踪して、もう二ヶ月が経ちます。一部では私が事故に巻き込まれた、などの報道があったようですが、あれは荷物をそのままにして置いたからそうなっただけの話です。
私が幸一さんを知ったのは四年ほど前のことでした。京都で国際繊維学会の通訳をしていたときに知り合いました。
私はあの人のどんなことにもくじけない積極的な生き方に魅せられました。どんなことであれ、男の人が物事に夢中になっている姿は好きです。
私はあなたにとって決して良い妻ではありませんでした。母の申しようもいろいろお気に召さなかったと思います。
私は幸一さんとあなたの間にたってどうやってゆこうか迷っておりました。しかし幸一さんから「半ば冗談で交換殺人を提案したら、あなたがこう反応した。」と聞いたとき、私はあなたの本心を理解しました。そして状況を分析してみました。
(一)あなたは、私があなたの元を去ることを望んでいる。私は、幸一さんと一緒になりたい。
(二)幸一さんは会社の状態が思わしくなく、どうしてもお金が欲しい。奥さんとは分かれたがっている。
(三)あなたはお金を望んでいる、しかし私も欲しい。
そして私はあなたが私に保険をかけたことも幸一さんから教えてもらいました。
そのような条件下で、私とあなたと幸一さんに一番良い方策は何か、を幸一さんと考えてみました。
ただ私は幸一さんと謀って、あなたに悪いことをするつもりはありませんでした。
すると浮かんできたのが、交換殺人というアイデアを少し捩じらせて、進めてみようという事だったのです。私は、死んだように見せかけて幸一さんと消えてしまうのです。消えている期間は七年以上です。
お分かりになるかしら。保険会社は、行方不明について生死不明の場合でも、会社が死亡したと認めたときは、死亡保険金を払います。この基準は七年だそうです。だから、うまくやれば、あなたはお望み通り、お金と新しい人生を得ることが出来るわけです。また私は幸一さんと一緒になれるのです。
かわいそうなのは時子さんですが、あれは私が言い出したことではありません。幸一さんはどうしてもお金がほしかったのです。あなたがうまくやってくれるなら、、失敗してもともとくらいに考えて切り出した話しなのです。もう、幸一さんは保険金受け取りの手続きを行っております。
ところで、あの家についてはいづれ出ていただく事になりますが、私はあなたに財産を全然渡さないとは言いません。別添資料につけられているあなたの部分については差し上げます。ただし交換条件があります。七年経って私の死亡保険金が得られた場合、五十パーセントをそっと私に払って下さい。
私の財産の処分方法については、これから時々お願いの手紙を入れます。旅行先からいれたり、幸一さん経由でいれたりしますから、私の居場所は分からないでしょう。お金の送り先もその都度指示します。
あなたはおっしゃるでしょう。
「いなくなっておいて、今さらなんだ。そんな君に、財産の一部を残しておくほど、私は甘く無い。」
そうですね。でもそれについては同封の写真とテープをごらんになって下さい。当然幸一さんはあなたがあの部屋で時子さんを襲うことを予測してましたから、録音機とビデオをセットしておきました。これを持ち出すとどういうことになるかお分かりですね。幸一さんは何も悪いことはしていないのです。交換殺人をほのめかしたかも知れませんが、証拠は無いはずです。それに対してあなたは立派に殺人を犯しているのです。
それに私の存在を公にするようなこともばかげているはずです。大事な保険金がおりなくなりますものね。
でも、ご心配なさらないで下さい。私たちは推理小説にでてくるような悪人ではありません。写真やテープを元にあなたを強請ろうなどという気は持ち合わせていません。
母ですか。ご心配なく。彼女もこのプロジェクトについては十分熟知しております。ですからこの正月に引っ越したのです。
私は恭一さんがこれからも元気で幸せに暮らして行かれることを望んでいます。私たちの最大の願いは、実は恭一さんが時子さんと一緒に生活していただくことでした。しかし、これは今ではかなわぬ夢となりました。もう、誰でも構いません。いい人をみつけて下さい。人生一人というのは寂しい物ですわ。
そしてあなたは、ご自分の人生をもっと燃焼させて、生きてください。推理小説でも結構です。もっと夢中になってください。命をかけるつもりでやってください。そうすればきっといつかはいい事があります。そう言うあなたを私は応援したい。
ごめんなさい、女の私がお説教見たいな事を申し上げて・・・・
それではまた。
岩本恭一様 恵美 拝
」
現在 一九九三年
S高校同クラス会(芝でのボーリング含む)
駒田大介・・・・幹事(世話好き、一人住まい、F社、折り紙が好き、単身赴任 で東京、妻は栃木)
岡村・・・・同級生、建設会社勤務
伊島・・・・同級生、かって妄想化学に勤め有力だったが今は失職
青島・・・・同級生、夫は青芝電気原子力課勤務
杉原・・・・同級生、サンフランシスコ、夫は不動産会社勤務
岩本恭一
五二歳(昭和16年生まれ)
武蔵小金井市在住
一七〇センチ、六九キロ
S高校卒、T大工学部卒、T大卓球部、T土地に勤めていたが倒産、現在失職中、資産家の娘山村恵美と結婚したが、現在恵美は夫を濡れ落ち葉扱いで悩んでいる。子はいない。妻に死んでもらい財産を相続し、事業を始めたい。頭は良いが性格は非情。現在の妻は七年前結婚し、二人目。空想癖あり。
推理小説が趣味
岩本恵美
三五歳
一六〇センチ強、五五キロ
通訳として活躍。恭一の妻、男好き 恭一の何もしようとしない態度に嫌気がさしている。実は幸一の愛人
村上アサ
六八歳、五十キロ
恵美の母
遠藤幸一
五二歳
一八〇センチ、 七十キロ
文京区本郷に在住
ダイビングが趣味
恭一の中学時代の同級生。S高校卒、いくつかの職業を経て、現在遠藤興産経営、会社は同窓会ではうまく行っていると言ったが、内情は火の車。妻とそりがあわず、浮気中。妻を殺して保険金を得たいと思っている。海外経験豊富。子は一人いたが、留学中に事故死。事態を冷たく突き放して見ることが出来るタイプ。
遠藤時子
四七歳
一五五センチ、四十キロ
夏目漱石の研究で有名。黒百合短大講師。夫とは別居に近い状態で専用のマンション(四谷若葉マンション)を持っており、そちらにいりびたり。夫の浮気を知っており、夫には離婚の条件提示済。
1 同クラス会
何十年ぶりかの同クラス会
先生の様子、自分の現況の紹介
2 二次会で打ち明け話し
友人遠藤との思い出、悩みの紹介
3 殺人計画の作成
遠藤・・・・旅行中に殺したい。(1)誘い出して殺害(2)部屋に強盗
私・・・・事故死に見せかけた他殺・・・ドライアイスの利用
4 妻の海外旅行、彼からの殺人報告、新聞記事
妻の海外旅行計画・・・・団体旅行
彼への連絡
消滅したとの連絡、小さく新聞に行方不明の報道、かれから手紙
5 相手の殺害
計画を実行に移す。事故死として処理されたはずだが、不思議に現場に証拠の品が・・・・。私の逮捕
6 妻の手紙
彼の消滅、刑事から見せられた妻の手紙