毒入りカレー事件について


先月末、和歌山県でおきた毒入りカレー事件は、無差別殺人をねらったらしい許し難い暴挙であり、一刻も早い犯人検挙を願うものである。
しかしながらこの事件が我々推理小説ファンに与えた衝撃も大きかったように思う。

第一に「毒物は簡単には分からない。」という点だ。推理小説なら「突然彼女は倒れた。アーモンド臭がするから、青酸カリ中毒だ。」となるが、現実はそう簡単ではないらしい。
毒物の特定を中心に、新聞や週刊誌の記事をまとめると次のようになる。
まず和歌山市園部の空き地で7月25日に開かれた夏祭りで、自治会が造ったカレーライスを食べた住民66人が直後に吐き気や腹痛を訴え、市内の病院に次々に運ばれた。
6時間後、和歌山市保健所の所長が「食中毒の可能性が高い。患者は観察入院に近く、命に別状はない。」と発表。しかしそれから12時間以内に4人がなくなっている。
翌日、和歌山県警は吐瀉物から青酸化合物を検出、谷中自治会会長の死因を「青酸中毒」、他の3人については「疑い」と発表した。
しかしその後、医療関係者の間から青酸にしては死亡時刻、症状がおかしいという疑問の声が寄せられた。そして約1週間後、県警の依頼で検査を行った東京・警察庁の科学警察研究所は「主役」の砒素が見つかったと発表。
そのうちに最初の青酸カリというのは間違いらしい、との声が出始めた。関係者からは
「地方の県警の科捜研は毒物の検査になれていない上「ガスクロマトグラフィー」などの高度な機械がそろっていない。人数も少なく発生した日には当直もいなかった。」
「通常、青酸予備検査は「シェーンバイン・パーゲンスペッヘル法」を用います。試験紙を使うごく簡単なもので白色の紙が青く変化すれば、青酸特有の反応があったと見て陽性と判断します。しかし予備検査では、人の体内や食べ物に含まれている塩素などにも反応し、青酸が入ってなくても青く出る可能性があります。ですから、コップに金魚を入れてサンプルをたらし、すぐ死ぬかなどで青酸の有無を判断します。しかし、これはなれている人が見ないと間違える危険が高い。」
等の意見が出て来たのである。
そして今は「どの新聞も「青酸カレー」から「砒素カレー」に表現をかえているでしょう。やんわりと、青酸がないと書いているんですよ。」と言うことらしい。

日本の警察や保健所の批判は遠慮するとして、このプロセスには推理小説みたいな格好よさはどこにもない。我々が常識にしている「死体は青酸特有のアーモンド臭を発し・・・」は検査は全然役にたっていない。カレーのにおいでもしたというのだろうか。法医学の教科書にある「青酸中毒の場合、死斑および鮮紅色を呈していることが特徴的・・・・。」などというのも参考にならなかったようだ。

第二は本当に毒物混入事件は捜査が難しいと言うことだ。
「クロイドン発12時30分」という小説がある。あの小説では青酸カリが、毒物として使われるのだが、わざわざロンドンまで出て雀蜂退治と称し、偽名を使って購入しているにも関わらず発覚してしまう。私など素人は、日本でも青酸カリも砒素も毒物に指定されているから、供給者から追っていけば簡単に分かるのじゃないか、と思ったものだ。ところがあにはからんや「消費先のことはわかりません。」と言うのが実態らしい。
しかも推理小説なら大抵は、探偵が最後には「これこれこういう証拠があるから、お前が犯人。」と決めつけるのだが、現場では、あやしい人物が上がっても、実際に混入した現場は確認されていないわけだから否定されればそれまで、と言うことのようだ。下手に脅したり引っ張ったりすれば人権侵害で訴えられること必定。

ところで、この事件が日本社会が内包している社会問題をさらけ出したのではないだろうか。一昔前、地域社会はよくも悪くも「ムラ」としてのまとまりがあり、人々は人としてして良いこと、していけないことを知っていた。
ところがこの園部という地区は、昔は農村だったが、昭和40年頃から宅地に変わり始め、バブル期に大阪のベッドタウン化が加速した。その結果現在では古くから農業を営む人々と早い時期に引っ越してきた住人、それにバブル期に越してきた人々と3タイプの人が混在しているらしい。そして農業用用水路にゴミを勝手に捨てる奴がいる、路上駐車が迷惑だ、などとの非難合戦が続いていたらしい。地域は割れていた、みんなの心は一つではなかった、と言うのが実態らしい。

そして最近人々の心の中には「人のことより自分のこと」という考えが蔓延し始めているようだ。ちょっと前は良い大学をでて、大蔵省の役人や一流会社の重役になる人は素晴らしい、と思われていた。それがどうだ。結局はおれたちと同じで自分の懐のことしか考えていない。

「税金はばれないようにごまかすのを賢い、と言うんだ。」
「警察に捕まっても絶対自白してはいけない。」
「法律の抜け穴を見つけて活用する人が賢い」
そんな多分学校では教えてくれない倫理観のはてに「犯罪は犯しても良い。見つからなければ・・・。」という考えが蔓延し、「気に入らない事があれば、どんなに人に迷惑がかかろうと、わからないように落とし前をつけたらいい。法律などかまうものか」という考え方まで、出てきているのではないだろうか。

毒入りカレー事件の犯人は地域の嫌われ者であったかも知れないし、人知れず毒薬の威力を試そうとしたマニアックな人間であったかも知れない、あるいは何かの個人的な私怨を晴らすために大量殺人を行ったのかも知れない、子供のいたずらかも知れない、推理だけならいろいろ出来る。
しかしそうしたバラバラになった社会のどこかで、基本的な道徳観が欠如した大量殺人犯が、人権などを盾にして、人知れずほくそ笑んでいる。こんな図式は推理小説の世界よりさらに恐ろしい世界じゃないんだろうか。 (98'8.22)

追記 この項についてのご意見を特に求めています。教えてください。


(参考にした資料)
・エッセンシャル法医学
・新聞記事
・週間ポスト8月14日号
・週間文春8月27日号