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追突事故顛末記        阿笠 湖南

  
昨年暮れの日曜日、私は女性友達Iさんとテニスをしに青梅街道を小平方面に向かっていた。気分はるんるんである。
北裏の交差点で信号が赤になったので停車したところ、後ろからどーんとやられた。Iさんは「頭ががーんとしてなんだかわからない!」と心配させる。つっこんだのは学生で車はカムリの新車、車から出られないなどと騒いでいる。
テニスがあるし、病院へ行く必要があるかも知れない、などと考え、一時住所を交換した後、現場を離れたのはまずかったが、結局S警察に連絡し、事故発生地点に戻った。学生はレッカー車をまってまだそこにいた。警察から二人やってきて、少し話を聞きこれでオーソライズは完了。そのとき学生はひどく紳士的に見えた。
テニスをした後、車を行きつけのT修理工場に持ち込む。「お連れの方はどうもありませんか。お医者に一度診てもらった方がいいですよ。どうせ保険から払われるんですから。」と丁重。しかしIさんは「大丈夫だと思うわ。」と取り合わない。保険会社はこちらもむこうもC火災。物損事故でもちろん先方が十対0で責任があると言うことになった。
修理工場の男が「お正月、車がないと困るでしょう。なに、保険から出させますから・・・。」と代替車を持ってきた。少し小さいがまず問題はない。
翌日、C火災のむこうの担当者でKと称する男から電話がかかってきた。
「今度の事故を担当するKです。よろしく。早速ですがあの車の修理費は三十数万円します。査定価格は六十三年車ですから、七年の償却期間を過ぎています。従って買い取り価格を百五十万とすると、十五万程度、これに車検の残り期間がありますから二十万位になります。保険会社としてはこちらの方でお支払いする事になります。」
「何を言っているんだ。人のものを壊したんだろ。もとどおりにしてくれ。査定価格が安いというのなら、交換車を探してくれ。ただし私の車は十年車だが五万キロしか走っていないんだぞ」
「探したんですが、適当なのが無いんですよ。ですからお金と言うことで・・・。」
「おれは何も悪くないのに、金を払えと言うのか。」
修理工場に電話をする。「保険屋は修理費用は三十数万と言っているが本当はどうなんだ?」
すると「あれだけやられてますからね。実際にはもっとかかるでしょう。」
冗談じゃない、四十万もかかったら、私は二十万も払わなければならない!!。何にも悪くないのに・・・。
年があけてKからまた電話がかかってきた。
「聞きましたか。二十五万までだすことにします。」
「シンコ細工じゃないんだ。こちらはちっとも悪くないんだ。大体君は保険屋としてきているのか、それとも加害者の代表としてきているのか、どっちなんだ。」
ちょっと考える様子だったが
「加害者の代表としてです。」
「なら、最初に謝れ!」
「はあ・・・・すみません。」
「私は車が元通りになればいいんだ。それが駄目なら代車を用意しろ。何しろこちらは金を払う理由がないんだから。保険会社がそれしか払えないと言うなら、加害者と相談するのが筋だろう。尻を被害者に持ってくるな。」
「はい。」
このころから私は徹底的に争ってやるぞ、何、将来ものを書こうと思っている、良い経験ではないか、などと思うようになってきた。
加害者の学生は、携帯電話らしく通じないことが多い。やっとつかまえて抗議すると「あれは私は保険会社に任せましたから、私は交渉できないんですよ。」かっと怒りがこみ上げてきた。人に車をぶつけておいて謝りもしないのか!!。
電話を再度かけて怒鳴りつけてやろうか、嫌がらせの葉書を書いてやろうか、インターネットのホームページに名指しで非難する文章をのせてやろうか、などと考えるがどうも大人げない。どうしてやろう、と考えた末、友人や他の保険会社に問題を抽象化して聞くことにした。必要ならマスコミに聞いてもいい。
「走行中Aの車両がBの車両に追突し、物損のみでしたが、Aが全面的に責任があることになりました。Bの車両を修理すると35万円する事がわかりました。ところがAの入っている保険会社がBの車両を査定したところ、減価償却期間を過ぎているため、20万円であることが分かりました。この場合保険会社が支払う保険料金はいくらになりますか。」
この答えは残念ながらどの保険会社も原則として二十万円と答えた。
「交渉を任されたAの保険会社は20万円の車を捜したが見つかりませんでした。そこでBの車を修理することになりました。この場合、差額15万円について誰が負担すべきでしょうか。」
外資系のチューリッヒインシュアランスは加害者と答えた。東京海上は被害者、AIUは原則として被害者だがと含みを持たせた解答をしてきた。しかしこれでは保険会社の都合ばかり優先していて、被害者は浮かばれない様に思った。特に今回のように被害者が悪くない場合は問題だ。つっこんで塀を壊した、償却期間は過ぎていますから、建て直す費用の十%を払います、などと言ったら噴飯物だ。
「上の設問で20万円の交換車両が見つかったので、Bは保険金でその車両を得ることとなりました。ところが壊れた車の処分費、取得税、など諸費用が10万円かかることがわかりました。この10万円を誰が負担すべきでしょうか。」
東京海上は被害者、AIUは原則として被害者だがと含みを持たせた解答をしてきた。普通に考えれば、二十万円の交換車両だって、そんなに長く持たない。いづれ買い変える事になるはずだ。だとすれば事故によって発生した買い換え費用は被害者にとって全くの余計な出費になるではないか。
この過程で商売熱心なAIUは面白いことを行って来た。
「片方が一方的に悪い場合は、もめることが多いのです。私の扱ったケースで五百万円の新車をぶつけられたケースがあります。この場合修理費用は二百万円でした。査定価格は450万円、保険会社としては二百万しか払えないとしたところ、当然問題になりました。そこで新宿にある保険会社が共同でやっている紛争処理センターに持ち込みました。三度ほど会合を持ちましたが、二百万は変えない、しかし病院にかかった費用二十万円を七十五万円にすることで話がつきました。お客さんもそうしたらどうですか。私がご案内しますから、そんなけちな保険会社やめてしまいなさいよ。」
一般の人にもずいぶん聞いて回った。
会社の弁護士や同僚は、それは当然加害者が全額払うべきだ、といきまき、退職した友人は「絶対に妥協しちゃ、だめだ。裁判に持っていってしまえ。」と忠告する。大体が自動車保険の事を知らないから、常識的な答えをしてきた。
次に打つ手を考えた末、「組織は上から言われると弱い。」の原則に従い、C火災海上本社に電話をかけた。「大体電話一本で問題を解決しようなどと不誠実だ。」と言ったとところ、Kの上司でサービスセンター所長代理の名刺を持つ男が会社にやってきた。しかし「私どもの立場を説明しようとして思いまして・・・。」というからまたKに言ったのと同じ議論を繰り返した。ついでに「こちらはいくら紛争期間が伸びてもいいぞ。終わるまで代車を返さないから・・・。」と驚かす。しかし敵もさるもの、「君が僕の立場だったらどうする?」と聞くと「ええ、私は査定分で我慢しますよ。」と答える。よく言うよ。結局「じゃあ、とにかく加害者ともう一度相談します。」と帰っていった。しかし翌日電話で「加害者は「家族会議を開いたが払えない、保険の範囲でやってくれ。」と言うんです。何とかしてくれませんか」また物別れで終わった。
会社の相談センターで「少額訴訟にしてみたら。」と言われた。少額訴訟は三十万円以下の少額の訴訟を行う時に利用する制度で最近薦められているらしい。もちろん弁護士はいらず、手続きも一回ですむ。
それならと日々谷公園裏の簡易裁判所に行く。相談窓口があって、順番待ちで「必ずしも少額訴訟が良い、とは限らないのですよ。」と言いながら、このようなときに取れる手段を説明してくれた。手段は四つある。
支払督促申立というのはとにかく払えというのだから、家賃の滞納などには利くのだろう。
調停申立というのは調停委員二名が入って申立者と被申立者が話し合う。訴訟にした場合勝っても相手が払わない場合がある。その場合強制執行手続きを取る必要があるがこれが大変、それに較べると調停は角が立ちにくいのだそうだ。
訴訟は通常訴訟申立と少額訴訟申立に分かれる。前者は一般的なもので簡易裁判所の場合九十万円まで、審議は数回に及ぶ。双方が主張・立証し裁判官が判決を下す。もちろん控訴出来る。
少額訴訟は審議は一回だけ。金額は三十万円以下。判決に不服がある場合、被申立者は控訴出来るが、申立者は意義審議を同じ裁判官にしてもらうだけで、それが終われば不服申立は出来ない。
いづれも訴える裁判所は、相手方の管轄裁判所で、件の学生は清瀬に住んでいるから武蔵野簡易裁判所と言うことになる。
「どれにしますか。」「どれがいいでしょう。」「そうねえ、何とも言いかねます。」なんて言う議論があって、結局調停申立の用紙をもらってきた。
費用は申立金額によって異なるが、今回の場合は五千円かそこら、新しいことを経験するには高い金じゃない、とたかをくくる。帰りに交番によって事故証明申込用紙ももらってきた。
ちょっと困るのは誰に、いくら調停を申し入れるかという点だ。おそらく全額を学生に請求するのだろう、と考えた。C火災は当方とは本来関係はないのだから・・・。
翌日、保険会社に電話し、「そちらが交換車両を捜したけれど見つからなかったんですよね。それなら一筆書いて下さい。」とやったら、例の所長代理氏が「弁護士と相談します。」と言った。こちらはそれを盾に、見つからないんだから修理せざるをえないでしょう、と主張するつもりだ。
私の弟は自動車会社に勤務している技術者、車のことは良く知っている。電話をしてみた。
「とにかく相手が謝りもしないのに、金を払うことになるのは悔しい。」
「そうなんだよ。このごろ物損だと保険会社まかせで挨拶しないのが多いんだ。学生なら学校に投書する手があるけれどね。ただそう言う奴に限って悪い奴が多いから、注意した方がいい。ヤクザがらみだったりね。査定金額は妥当だろうな。確かに売っている奴は、査定価格に比べて少し高いけれど、二年車検をつけたり、整備したりしているから、奴らにも言い分はあるんだ。代車も持って来ているようだから文句は付けにくい。ただ保険会社の社員だって組織で働いているから口実さえつけばいいんだ。兄貴の車はタイヤが新しいとかバッテリーを交換したとかそんなことはないかね。もしそうなら、そう言う点で普通のものとは違うのだから、払えと言うことは出来る。」「だめだよ。タイヤも一本変えただけだし、バッテリーも、去年スーパーで買ってきて自分で付け替えた。」「けちだなあ。」
裁判のために、修理工場に電話。「正確な見積もりを持って来て下さい。それで向こうに請求する金額を決めますから」「そうですか。実はまだやってないんですよ。早速やらせます。」この野郎!
ところがここで妙なことになった。翌日早速持ってきた修理金額が思ったより安いのだ。ちょうど三十万円・・・すると請求金額は保険会社は二十五万円払うと言うから五万円ということになる。
「少し安いなあ。」とIさんに相談すると、争いがきらいな彼女は「示談にしてしまいなさいよ。つまらないことで争っても仕方がないわ。」と鷹揚。
結局示談にしようと考え、翌日C火災に電話をする。「決して納得している訳ではない。しかし思ったより修理金額が安いので示談にしてもいい。調整しろはないのか。」
保険会社は私の今までの態度に面倒くさいと感じたのかも知れない。弁護士から電話がかかってきて「それなら全額こちらで払います。代車を返して下さい。」
弁護士から示談書が送られてきた。加害者乙が代車費用の他、損害額を私の主張通りと認め、十日以内に私の口座に振り込むとあった。加害者名は学生本人の名になっており、弁護士が代行、C火災の名前はどこにも見られなかった。C火災が二十五万円出すとして後の五万円はC火災、学生のいづれが出したのだろうかと思ったが、特には聞かなかった。

それでもこちらの主張が通った、と得意になってひそひそと同僚に話すと「迷惑料は取れなかったのか。」上には上がいる!
同乗していたIさんに電話する。
「ええ、じゃあ、最初から比べれば十万も余計に出すんじゃないの。」
「そりゃ、そうさ。まったくやくざな世界だ。」
「それでそのお金で修理するの。車、買い換えるの?」
「乗せてもらう方としてはなるべく格好いい車の方がいいのよ。」と言っているように聞こえた。
新車ねえ・・・ちょっと引かれたけれど、結局修理することにした。いづれは買い換えるのだろうけれど、とにかく私の場合車に乗らない。あの車は七年目になるがその間に二万キロくらいしか乗っていない。
保険会社の対応、司法の解釈など納得できない点はあるが、一ヶ月にわたった追突事故騒動はこうして終わった。頭に来たり、どうやって反撃してやろうと考えたりしたけれど良い勉強になった。