「論語」

吉川幸次郎   朝日新聞社

この歳にして初めて「論語」を通読した。
家にあった岩波文庫「論語」で読み出したが、途中から字が小さく、途中から古本屋でみつけた朝日新聞社吉川幸次郎「論語」に切り替えた。
学校ではこういった古典の重要性は認めるものの、時間がないからほんのさわりしかやらない。しかしそれでは所詮一部を見て全体を判断してしろ、と言っているようなもので本当の味は分からないように思う。
論語、孔子について通信の459「耳従うな、矩も越えよ」で少し書いた。
その思想はもいともとが孔子が70も越えて言った事を弟子たちがまとめたものであるからして保守的、旧套墨守であることは否めない。

「学びて時に之を習う、また説ばしからずや。朋(とも)遠方より来る、また楽しからずや。人知らずして(自分が認められないの意)いからず、また君子ならずや」(1)
有名な冒頭の一説である。全体、親に孝をつくせ、先祖をあがめよ、役所では上に礼儀正しく、義を重視し、下にやさしく、自身は直き心をもって書を読み、学問を愛せ、人民には自身がこのような者になり、刑罰ではなく、彼らのために慈しみを持って取り組めばおのずと善政となり、皆ついてくる。その中核には仁なる思想がある。
「巧言令色,鮮し仁」(1)余りにも有名な言葉である。しかし仁とは何か。いろいろなところに定義らしいものがあるが決めてはない。以下のような抜粋から考えるなら、人間、あるいは男としての完成、と行ったものであろうか。
「人にして仁ならずば礼を如何、人にして仁ならずば樂をいかん」(3)「人の過ちや、各おのその党に於いてす。過ちをみてここに仁を知る」(4)「悩んで後に得、仁というべし」(6)「人を愛す」(12)「己に勝ちて礼に復るを仁となす」(12)「能く五者を天下に行うを,仁となす。・・・・恭、寛、信、敏、恵。恭なれば則ち侮られず、寛なれば則衆を得、信なれば則ち人任ず、敏なれば則功あり、恵なれば則ち以って人を使うにたる。」(17)
仁の次ぎに良く語られているのが、礼の大切さである。日本の現代社会の一番の問題は、この礼が失われている、と感じなくもない。
「礼の和を以って貴しと為すは、先王の道もこれを美となす。小大之に由れば、行われざるところあり。和を知って和すれども、礼をもって之に接せざれば、また行のうべからざるなり。」(1)
徳について、自分自身の行動指針として特に強調される。
「君子は徳を懐う、小人は土を懐う」(4)(土は土地のこと)「吾れ未だ徳を好むこと、色を好むが如くする者を見ざる也」(9)「徳をもって怨みに報ゆるは如何。子曰く、何を以ってか徳に報いん。直きをもって怨みに報い、徳を以って徳に報ゆ。」
義について「義を見て為さざるは勇なきなり」(2)
孝は当然のことながら父系社会におけるそれである。
「今の孝なるものは、是をよく養うと言う、犬馬にいたるまで、皆なよく養うことあり。敬せずんば、何をもって別たんや」(2)
もっともこんな事も言っている。「唯女子と小人は養い難しと為す也。これを近づくればす即ち不遜,これを遠ざくれば即ち怨む」(17)
大抵の章は詳しいコメントがあるのに、これについてはどちらの訳注者もコメントしていない。今の時代には会わぬと考えたか、下手にコメントするとどこから文句を言われると考えたか。しかし不遇のまま才ある老人が、言う言葉としては本音をついている。
この書に書かれていることは戦前日本の根本的な思想であったが、戦後の民主主義教育のおかげで、すっかり失われてしまった。しかしその結果、みんなが勝手なことをいい、「船頭多くして船山に登る」と感じさせるこのごろ、妙に正論に聞こえる。

080305